BtoB SaaSが全盛の中でBtoCビジネスのアーリーステージ特化を標榜するベンチャーキャピタルが誕生した。NTTドコモ/ミクシィにてベンチャー投資事業に従事した新和博氏と、グリー/グロービス・キャピタル・パートナーズにてベンチャー投資事業に従事した東明宏氏を中心に設立された、W venturesである。その狙いとはなんなのだろうか。代表の東氏に設立の経緯と今後の展望を伺った。
キャリアのうち3分の2がキャピタリストではなく事業会社だという東氏。キャピタリストとしての活躍は前職であるグロービス・キャピタル・パートナーズでのキャリアが有名だが、実はベンチャー投資を始めたきっかけは、その前職のグリーでのことだった。
東「私はグリーにいる時に、新規事業でソーシャルゲームのプラットフォーム立ち上げを担当していました。ガラケーが全盛だった頃の話です。グリーはそれまで自分たちで作ったゲームしか配信していませんでしたが、他社のゲームもプラットフォームにのせて配信し始めたのです。その事業の責任者が、今メルペイ社長の青柳さんでした。彼は投資銀行でのキャリアを持っていて投資にも明るく、いいゲーム会社があれば投資しようということになりました。 私はそもそもVCが何たるかも知りませんでした。ただ、初めて経験したベンチャー投資は、とても楽しかったのです。グリーは当時プラットフォームとしてもパワーがあって、単純に投資をするだけでなく、その後のサポートまでできて……。なかには苦しい局面に立つ会社もあり、そこをどう一緒に踏ん張っていくか、というのもとてもやりがいがありました。結果として10社程度投資したうちの数社は上場して、とてもうまくいったと思っています」
その後、一気にソーシャルゲームが盛り上がり、ソーシャルゲームの社会的意義が問われる時期もあったが、東氏はゲーム会社の意義も強く感じている。
東「ゲーム会社ってどうなの?と言われることもありましたが、世の中のニーズを満たすサービスを作って、利益を出して、雇用を作りました。これはとても意義のあることだと思いました」
投資の仕事に楽しさを覚えた東氏は、グリーの仕事が落ち着いたタイミングでグロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)に転職。本格的にVCの仕事に携わることになる。ただ、働くうちにある想いが大きくなったという。
東「VCが何たるかを知らなかった僕はGCPで本当に多くのものを勉強させてもらいました。GCPの皆さんには今でもとても感謝をしています。でもやっていくうちに、もっと起業家の役に立ちたい、自分がもっと貢献できる立ち位置があるのでは、というわがままがでてきたのです。私の投資家としての強みは、事業の現場の経験がありつつ、大規模調達の現場も知っていること。まだ未完成の事業を、大規模調達に耐えうる形まで持っていき、後ろの投資家につなげていくことが、私だからできる役割なのではと思いました。 あともうひとつ、やっぱり事業に近いところに行きたいと思っていました。私はキャリアの3分の2は事業会社にいて、事業の現場が好きなんですね。だからこそ、早いステージ、もっと言うと立ち上げから経営者と一緒に泥を被りながら一緒に事業を創りたいと思うようになったのです」
投資だけでなく、事業支援にこだわる東氏は「事業家と投資家の垣根がなくなってきている」と話す。
東「ソフトバンクの孫さんしかり、gumiの國光さんしかり、X-Techの西條さん、手嶋さんしかり、事業も投資もするスタイルも増えているように感じます。私自身、事業会社のキャリアが長いキャピタリストなので、彼らの考え方と、近しい考え方なのではないかと思っています。そういったわがままを貫くために、自分が最終責任者の箱を作らせてもらったというのが経緯です」
東が立ち上げたW venturesは独立系VCでありながら、LP(リミテッドパートナー)はミクシィ1社という座組。独立系VCであれば、複数のLPから資金を集めるのが一般的。東氏はなぜこのようなスタイルを選んだのだろうか。
東「一言で言うなら『縁があったから』としか言い表せないですね。いろんな縁がありましたが、特に共同代表の新和博との縁は大きいですね。 自分が最終責任者になりたいという想いはあったものの、同時にチームで戦いたい想いも強くありました。最近のVCを見ていると、もはやキャピタリスト一人の戦いではなく、チーム戦になっていると感じたからです。そうなると問題は誰と組むかです。 新は私とバックグラウンドが似ていて、事業会社での豊富な経験をもちつつ、投資の経験もあるんです。事業の厳しさを知っており、だからこその起業家ファーストの姿勢、目指すVC像が似ていました。あと感覚が合うんですよ。toCビジネスって最後に感覚的なところが大事なので、そういう人と組むのは大事だと思っています」
そんな新氏と関係が深かったのがミクシィだ。ミクシィとも深い縁があったと東氏は続ける。
東「ミクシィさんと話をして思ったのは、VCに対してとても理解が深いんですよ。私たちのLPが1社という珍しい座組は、ミクシィさんの理解がなければありえなかったものです。 LPが1社であるメリットは、コミュニケーションがスムーズだということです。LPが複数社になると、当然全てのLPとコミュニケーションをとらねばなりません。それが、私たちはミクシィさんとのコミュニケーションだけです。ミクシィさんとのコミュニケーションの時間も起業家との時間もめいっぱい割くことができるのです」
LP1社の座組は、それ以外にも大きなメリットがあるようだ。
東「私たちは、LPが1社なことで、CVCと独立系VCのいいとこ取りができると考えています。本来であれば、独立系VCはリターンを狙って投資しますし、CVCは事業シナジーを狙って投資します。VCとして成功を目指すには、投資の目的をリターンかシナジーに絞らなければ難しいと言われています。 しかし私たちは、まずリターンを狙っていますが、LPが1社なのでシナジーもしっかり狙えるのです。もちろん、投資先とシナジーを生むのは、口で言うほど簡単ではありません。そこに私のグリーでの成功経験が活かせると思っています。なにはともあれ、スタートアップが伸びることが大事なので、リターンでもシナジーでも、スタートアップの成長に繋がることをしたいですね」
明確なメリットのある座組だという東氏だが、これからこのような座組は増えるのだろうか。
東「これは縁と相性によるところが大きいので再現性はどのくらいあるかはわかりません。ミクシィさんのように、VCに理解があって、かつお金を出せる会社としっかり関係性を構築することが条件なので。しかし、成立できるのであれば、スタートアップにとって、とてもいいスタイルだとも思います」
多くのVCがtoBビジネスに注目している中で、W venturesはtoC特化を標榜している。その理由はなんなのだろうか。
東「単純に私がグリーでもtoCビジネスに投資していましたし、新もtoCビジネスへの投資の方が得意だからです。今はキャピタリストの数が増えているので、明確な強みを打ち出さなければVCもスタートアップからは選んでもらえません。私たちはtoCビジネスへの投資が好きだし、得意なのでそこに特化すると決めました。 toCビジネスは博打要素が大きいと言う方もいますが、私たちからすればとてもシンプルです。toBビジネスの方が売上の伸びを予測しやすいので、投資家からすれば安定感があるのも分かりますが、ユニコーンになったメルカリはtoCですよね。リスクは大きいけど伸びれば大きいのもtoCビジネスなのです。私達はそこに魅力を感じています。他のVCがtoBビジネスに投資するほど、私たちの存在価値も大きくなっていくと思いますね」
toCビジネスはハイリスク・ハイリターンだと言う東氏。では、リスクを抑えリターンを高めるためにどんなポイントを見て投資判断をしているのだろうか。
東「私たちが投資しているスタートアップは、クリエイティブとビジネスのバランスがいい人たちですね。toCビジネスを作っている方って、ユーザーに支持されるために感覚に重きを置く、アーティスティックな人というイメージがありますが、実は裏側でしっかりと計算ができています。その絶妙なバランスがプロダクトにも反映されているんですね。 例えば、ある投資先の社長はビジネス側面では自身の強みを活かし、クリエイティブの側面ではサービス責任者をどう活かせるか考えています。クリエイティブの部分は責任者に任せ、ビジネスの環境は社長が整えているのです。そのようにチームで補完しながら、クリエイティブとビジネスのバランスをとるといいチームになると思います」
ビジネスとクリエイティブ、どちらが得意かは先天的な部分もあるが、後天的に努力で補うこともできる。しかし、スタートアップでは弱さを補うよりも強さを活かした方がいいと話してくれた。
東「スタートアップは、いかに異常値を出せるかの勝負です。苦手な方を努力して平均値まで引き上げても仕方がありません。ビジネスかクリエイティブか、苦手な方は補ってくれる人を引っ張ってくるための努力は必要ですが、得意な方で異常値を出す努力をした方がいいと思います。 スタートアップの中にもバランスのいい経営者はいますが、スタートアップならバランスが悪い人、言い換えればとんがりのある人の方が魅力的です。一般社会では適応できなくても、活躍できるのがスタートアップですから」
ハイリスク・ハイリターンで成功が難しいtoCビジネス。東氏から見てtoCビジネスの要諦はどこなのだろうか。
東「toCビジネスで難しいのは、マーケットフィットするまでですね。逆にマーケットフィットして軌道にのれば、toBビジネスとさほど変わらないと思っています。だからこそ、マーケットフィットに向けてプロダクト作りにフォーカスできる環境を整えることが、私たちの仕事です。 私たちだけで資金が足りなければ、他のVCからも調達できるようにサポートしますし、メンタルのサポートもしていくつもりです。チームがプロダクト作りにフォーカスできるように、それ以外の環境作りをまるっとサポートしていきたいですね」
東氏が最近、特にサポートが必要だと思っているのが、人に関することだ。
東「今は働き方も変わっているので、スタートアップのマネジメントもこれまで通りにはいかないと思っています。私の周りにもスタートアップで働くのが好きな方は多いですが、1社に専従しないで業務委託契約を結ぶ方が増えていますね。 本来であれば、内製化して声をかけやすい環境でものづくりをするのが良いのですが、今はそれが難しくなってきています。しかも、優秀な人ほど、フリーランス的に働いているので、そういう人をどうチームに取り組むかもスタートアップのこれからの課題です」
人に関する課題の他にも、経営者のメンタルへのケアも重要だと話してくれた。
東「起業家には常に不安がつきものです。誰かに相談する時も、アドバイスが欲しいというよりも、自分のアイディアを後押しして欲しいシーンも多いのではないかと思っています。いくら自信があっても、たとえばその道のスペシャリストに背中を押してもらいたいとかのニーズは意外に多いと思うんですよね。そういう気持ちにきめ細かく応対したいんです。 まだまだVCもそういったきめ細かいニーズには、ちゃんと対応できていないんじゃないかと思っています。たとえば、ある経営者と適切なスペシャリストをマッチングするのは、手仕事になって手間もかかりますが、そういった細かいニーズに対応していくことこそ大事にしたいですね」
これからのスタートアップ領域について話を伺うと、東氏はマーケットに大きな課題を感じていた。
東「これからの日本のマーケットは、人口減少という大きな課題に対してどう向き合うか考えなければいけません。人口が減少すると、今までと同じようにいいものを作ったとしても、ユーザー数がキャップになりこれまで以上にはならないということ。 何年も前から、海外で戦えるプロダクト作りが大事だと言われてきましたが、今後はより深刻になっていくと思います。私たちも投資を検討する際には、海外でも競争力を持てるかは吟味しています。 例えば、中国のマーケットはこれまでも多くの企業が挑戦しましたが、うまくいきませんでした。これまでは『中国は難しいから後回し』も通用しましたが、これからは中国も後回しにできない時代がくると思います。うちには中国人の投資担当もいますので、しっかりサポートできるようにしたいと思っています」
では、いかにすれば日本のプロダクトが、海外での競争力を持てるのだろうか。
東「まずはフラッグシップを作ることですね。1社でも海外で戦えるスタートアップが日本から出てくれば、『僕たちもできる』と後続するスタートアップが出てくるはずです。メルカリやスマートニュースの海外での戦いはとても強い関心を持って見ています。 日本にもアニメ・マンガ・ゲームなどのコンテンツ、化粧品などのビューティ、観光など、まだいくつか世界で競争力を持ち続けいてる業界が残っています。あと、世界からの関心が高い高齢化、ヘルスケア関連。そういった業界の人たちを巻き込んでいけたらいいですね。オープンイノベーションと言えれば分かりやすいですが、いきなり成立するものでもないと思っています。ですので『スタートアップってよくわからないけど』と言う人に、声をかけて巻き込んでいくのが私の役割だと思っています。しかし、私はスタートアップには詳しいですけど、海外に詳しいスペシャリストはもっといるはず。まずはそういう方を巻き込んでいきたいと思っています」
オープンイノベーションを阻害している課題は、スタートアップにもあると東氏は話す。スタートアップには村社会のような、よそ者を受け入れない雰囲気があると言われている。この村社会的な雰囲気はどうしたら払拭できるのだろうか。
東「村を大きくして街にしていくことですね(笑)。VCにしてもスタートアップにしても、知っている人とチームを組みたい方が多いですし、私もその気持ちは分かります。しかし、これから新しいことをしていくと考えると、それだけだと難しいですよね。 今まで通りのことをやっていっても、日本のスタートアップは大きくなっていきません。『どんどん新しいものを取り入れていかないと』と思っています。これまで先人の方たちが頑張ってスタートアップの基盤を作ってきたので、私たちはさらに発展させていくために、いろんな人を受け入れていかなければなりません。もちろん摩擦も起きると思いますが、その摩擦も受け入れながら、全体で補完し合っていければと思います」
これからスタートアップを、次のステージに発展させていくために、東氏には自分だからできることもあると言う。
東「村社会的なスタートアップ領域の中では、私は比較的話しかけやすい柔和な顔立ちの村人らしいので(笑)。スタートアップに関わりたいけど、関わり方がなかなかわからないみたいな方は、ぜひ気軽に話しかけてください。私自身も幅広く話を聞いてみたいと思っていますし、声をかけてもらえれば、何かしらお返しをしたいなと思っています。最近はスポーツ選手や、クリエイターの方なんかともよくお話をしています。 起業家の方に対しても、前職での経験を活かしてサポートしたいですね。申し上げた通り、私自身がシリーズA以降での投資をメインにしてきたので、そのフェーズで投資家たちが何を気にしているかは分かっているつもりです。意外と、シリーズAの谷、みたいなのは残っていると思っています。私たちはシード・アーリーでの投資が中心になりますが、シリーズA以降で、他のVCに投資してもらえるようなプロダクト作り、ファイナンスのストーリー作りは、私だからこそできるサポートだと思って、頑張るつもりです」
執筆:鈴木光平編集:Brightlogg,inc.撮影:戸谷信博