「ゼロから分かる スタートアップ用語解説」は、これからスタートアップについて詳しく知りたい人たちを対象に、基礎的な内容を分かりやすくお伝えします。今回は、特にSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)関連のスタートアップが使うことの多いNRRについて解説します。
この記事で分かること:
NRR・NDRとは
計算式は トレーニングジムを例に
SaaSスタートアップが資金調達に活用した理由
NRRとは「Net Revenue Retention」の略。日本語では「売上継続率」などと訳します。「継続率」とありますが、「既存の顧客から得られる収益をどれだけ増やせているか」を測る指標であるとも言えます。NDR(Net Dollar Retention)という言葉もありますが、NRRと同義です。
NRRは、次の計算式から求められます。
NRR=(月初のMRR + Expantion MRR − Downgrade MRR − Churn MRR)÷月初のMRR
これだけだと、一体何を示す数字で、何が重要なのか分かりづらいですよね。要素をひとつずつ解説していきます。
MRRとは、月間の経常収益を指します。1ヶ月間で顧客からどれほどの売上を上げられるか、ですが「毎月必ず発生する収益」であることがポイント。
例えば月会費5,000円のトレーニングジムに100人の会員がいる場合、MRRは単純計算で5,000円×100人=50万円です。入会費などの初期費用も想定されますが、MRRには含みません。あくまで「毎月安定して得られる収益はこれくらい」という指標です。
とはいえ、会員が常に同じ料金を払い続けるとは限りません。トレーニングジムの場合、会費のより高い特典付きプランに変更する人もいるでしょう。これがExpantion MRR。5,000円から7,000円プランにアップグレードした人が10人いれば、差額収益の2,000円×10人=20,000円がExpantion MRRということになります。
一方で、5,000円プランに入ってみたはいいけれど、ジムに行けるのは月に2回くらいだから、利用回数制限がある分安価な3,000円プランに変えたい...という人もいるでしょう。このマイナスの差額分はDowngrade MRRとして計算します。
定額制のサービスが最も抑えたいのはチャーン(Churn)、つまり解約です。「ジムに行くのを辞めよう」とか「他のジムに乗り換えよう」というパターンがこれです。この場合、この利用者から得ていた月間収益が丸ごとなくなるわけですから、Churn MRRとして引き算します。
さて、トレーニングジムを題材に、上記の計算式に当てはめてNRRを割り出してみましょう。有料会員は100人、Expantionは10人、Downgradeは5人、Churnは1人と仮定します。
NRR=(月初のMRR + Expantion MRR − Downgrade MRR − Churn MRR)÷月初のMRRNRR=(50万円+2万円 − (2,000円×5人=1万円) − (解約×1人=5,000円))÷50万円NRR=1.01
このジムのNRRは101%。この傾向が続けば、事業が先細りすることはないものの、外から新たな会員を呼び込まなければ大きな成長は見込めないとも言えます。逆にNRRが100%を下回る場合、顧客満足度を高める施策が必要になるかもしれません。
分かりやすさのためにトレーニングジムを例にしましたが、NRRはSaaSスタートアップの間でも重視されています。
2023年4月にSTARTUP DB MAGAZINEの取材に応じてくださったのはhacomonoの蓮田健一・CEO。同社はスポーツクラブや運動スクールなどの「ウェルネス産業」向けのSaaS「hacomono」を展開しています。
蓮田CEOは資金調達の際、折から悪化しているマクロ環境の影響を非常に強く感じたといいます。それでも最終的には38億5,000万円の資金調達を完了させました。
この時、投資家に示した指標の一つにNRRがあったのです。同社のシステムはスポーツクラブなどの施設側が使うわけですが、同じ系列の施設の追加導入やオプション機能の追加が盛んに行われたということです。つまり、Expantionが高かった。そして解約率(Churn)の低さも相まって、NRRは年間で135%だったそうです(取材当時)。
「一度導入すると効果が実感でき、よりhacomonoを使うようになる。そして顧客の経営状態が良くなる。その実感を表現するという視点でアピールしました」と蓮田CEOは振り返っています(記事はこちらから読めます)。
どれだけ効果を喧伝しても、実際に顧客が価値を感じられなければ解約などは増え、NRRも低くなっていきます。NRRが高いということは、自社サービスが顧客の課題を解決していて、なおかつ料金を支払ってもらうだけの価値を実感していることの証明につながるのかもしれません。