独自分析

「文系・異業種人材」が覚醒の鍵。大学発・研究開発型スタートアップ飛躍への提言 Beyond Next Ventures・有馬暁澄パートナー

2023-06-28
高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者
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高橋史弥 / STARTUP DBアナリスト・編集者

―有望とされるスタートアップに資本が集中しています。裾野が広がっていないのでは?

「事業会社によるM&Aが活発化すべきだと考えています」

―専門知識がない文系人材は、ディープテック領域に入りづらいのでは?

「文系・異業種こそこの世界に来るべきです」

研究開発に多くの資金と時間を要し、上場までのハードルも高い大学発・研究開発型スタートアップ。成長に向けた課題を問われると、投資家の舌鋒は鋭さを増した。

大学発・研究開発型スタートアップは、地球規模の課題である脱炭素や革新的な医療技術の開発などに取り組む。社会にイノベーションをもたらす大きなポテンシャルを秘め、国が重点的に支援する領域の一つでもある。

一方で、技術を社会実装させながら営利企業として成長する難しさから、裾野が広がっているとはまだ言いづらいのが現状だ。

スタートアップが日本の技術や研究成果を活かし飛躍していくために、足りないものは何か。STARTUP DBのデータ分析結果を片手に、技術系スタートアップに特化した投資を手がけるVC・Beyond Next Ventures有馬暁澄・パートナーを訪ねた。

研究に金と時間かかる ファンド期間「10年」以内のイグジット

大学の研究成果を活かした起業は増えてきている。経済産業省の認定する「大学発ベンチャー」(2022年度)は3,782社。前年度から477社増加し過去最多となった(※)。

「これまで研究者にとっては、アカデミアの世界で論文を出して評価されていくキャリアがメインでした。ですが、ディープテック領域で成功した企業や研究者が生まれ始め、先行事例になっています。産学連携を手がける大学内の人材も充実してきて、起業を視野に入れた研究者がアクセスできるようになっています」と有馬さんは解説する。

有馬さんも投資家として、自ら研究者にコンタクトを取り起業を促しているという。

「私は2〜3年後に注目されるテーマを設定し、事業化の可能性がある研究シーズを探しています。先生(研究者)にも起業の意思がある場合、ビジネス人材とのマッチングを進めます。その後、信頼関係を築きながら事業戦略と計画を練って、最終的には起業に至ります」

起業した後、出資の検討に移るわけだが、ここで生じるのが「ファンドの運用期間」との兼ね合いだ。一般的に、VCファンドの運用期間は10年程度とされる。期間終了時にVCはファンドへの出資者(=LP)に利益を還元しなければならない。スタートアップは原則的に、期間内に上場やM&Aなどのイグジットをする必要があるわけだ。

しかし、大学発・研究開発型スタートアップがイグジットに辿り着くのは容易ではない。STARTUP DBの調査によれば、2020年から22年の3年間でIPOを果たしたのは6社にとどまる。IPOに至るまでの期間の平均は15年と長く、累計の資金調達額に至っては平均値は27億4,600万円と、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)企業の倍以上だ。

大学発・研究開発型スタートアップはその特性上、研究開発を継続しながら並行して事業化も進める。そのため、費用と時間もより多くかかりやすいとみられる。

有馬さんはこの状況を投資家としてどう捉えているのか。起業を促し伴走してきたスタートアップに対し、投資を実行することでイグジットへの時間制限を設けてしまうことにもなりかねない。

起業「前」を長く着実に ゼロからのスタートではない

「運用期間内のイグジットが見込める研究シーズが第一優先になってきます」と有馬さんは明かす。有望な研究を見極めるために欠かせないのが「市場のニーズ」だ。

「R&D(研究開発)のレベルとニーズ。この2つが重なった時に素晴らしいスタートアップが生まれると考えています。ニーズがどの程度あるかが考慮されていないケースも散見されますが、研究レベルが世界最高だからといって売れるとは限りません」

とはいえ、どのような研究にニーズが生まれるのか予測するのは至難の業に思える。有馬さんは、海外の動向も視野に入れながら予兆を掴み取ることが重要だと話す。

「完全な未来予想というわけではありません。今後波が来るテーマとは、つまり少し芽が出ている状態です。2〜3年後に花や木になっているものをいち早く見つけて掴みにいくのが、我々投資家にとっての勝負です。例えば私は数年前からブルーカーボン(藻場などの海洋生態系に炭素が取り込まれること)に着目していますが、興味深いプロダクトも出現し始めています」

ニーズの調査だけでは足りない。ビジネス面で有望だったとしても、一度起業や資金調達に踏み切れば後戻りはできない。有馬さんは、「ゼロからのスタート」ではなく、起業した時には既に「0から1」かもしくは「1から10」の段階に至っていてほしいと指摘する。

「興味を持った研究には数多くコンタクトをとっていますが、起業できるフェーズまで進んでいないものも多い。私は数年間待つこともあります。一定程度R&Dが進み、起業後すぐに顧客を獲得できるフェーズで起業してもらう。そうであれば10年以内のイグジットも見えます」

VCファンドなどから資金調達をする前の助走期間で役に立つのが、公的機関などの補助金だ。

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や、国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)などが、起業前に資金供給を受けられるプログラムを実施しています。起業を目指す研究者が増えてきたのも、こうした補助金の充実のおかげであるとも言えます」

最先端の研究であっても、冷静にニーズの有無を見極める。そして公的機関から資金面の援助を受けつつ事業化を進める。こうした起業に向けた準備期間を経ることで、運用期間内のイグジットも見据えることができるという。

「最初に(投資家が)接触した時から10年以内、であれば確かに間に合わないかもしれません。ですが、長いのは起業よりも手前の期間。投資先には(調達から)基本的に7〜8年でイグジットできる事業計画を作ってもらっています」

二極化現象はポジティブorネガティブ?

大学発・研究開発型スタートアップは、起業後も険しい道のりを歩むことになる。

国内では資金調達環境が冷え込んでいる。アメリカ中央銀行の利上げが日本にも波及し、特にイグジットを見据える段階のスタートアップが強い影響を受けている。研究開発投資を続行しながら成長を目指す大学発・研究開発型スタートアップにとっては逆風とも言えそうだ。

有馬さんも変化を実感している。

「両極化が激しくなった、というのが私の感覚です。注目されるスタートアップにより多くの資金が集まるようになり、ある程度の出資を受けていたスタートアップにとっては厳しい環境になったのではないでしょうか」

大学発・研究開発型スタートアップをめぐってはこれまでにも、有望とされる一部の企業に資金が集中する現象があった。STARTUP DBの定義する「大学発・研究開発型スタートアップ」に当てはまる479社が調達した資金は、把握できた範囲で累計2,004億7,300万円。このうち、調達額で上位5%に入った24社に対し、全体の54%にあたる1,078億2,400万円が投入されていた。この傾向がより鮮明になっていく可能性がある。

有馬さんによると、事業を本格的に加速させる段階が多い「シリーズA」の資金調達で苦戦するケースが見受けられる。

「(創業直後の)シードラウンドはまだ未確定な部分も多く、マーケットの状況や経営チームへの期待から出資を受けられます。ところがシリーズAは『死の谷』とも言われている状況です。ディープテックの場合、シリーズAはまだ研究フェーズにあるケースも多いのですが、ここ最近はトラクション(事業の推進力)を求められています」

有望とされるスタートアップに投資マネーや支援が集中しているとも捉えられる一方で、裾野が十分に広がっていないとも言えるこの状況。有馬さんは「出資を受けられるスタートアップはどんどん成長していけばいい」としつつ、事業会社によるM&Aも新たな選択肢として広まってほしいと話す。

「事業会社がM&Aで上手く吸収し、新規事業として世に送り出す流れができて欲しいと思っています。例えばアメリカでは、小規模なM&Aが活発に行われています。スタートアップの創業者は資金を元手に新たな挑戦ができ、事業会社のリソースが入ることで技術の社会実装も早まるわけです」

国内のM&Aはアメリカほど積極的ではない。「成功例がどんどん報じられるようになれば、心理的なハードルも変わるはず」と有馬さんは期待を寄せる。

外から吹き込む風が必要 文系・異業種こそ挑戦を

起業前の準備、勝てるスタートアップへの集中投下、そしてM&Aの活性化…。大学発・研究開発型スタートアップに必要な要素が見えてきた。

これだけでは足りない。「我々が絶対にやらなければいけない」と有馬さんが力を込めるのが、起業段階での文系人材の獲得だ。

「研究者とビジネスパーソンによる共同創業かどうかは、投資する際に重視するポイント」と有馬さん。とはいえ、専門外の人間が先端研究などを正確に理解するのは簡単ではない。リスクをとって起業に踏み切るのはなおさら困難だ。

「文系出身だからこその発想があります。『これってつまり、こういうことですよね』と噛み砕いて説明したり、ファイナンス戦略やビジネスモデルを考えたり...。文系・異業種こそこの世界に来るべきです。社会課題を解決できる意義は大きい。人生を通じてやるべきだと思ったことにディープテック領域で挑戦して」と有馬さんはエールを送る。

大学発・研究開発スタートアップをめぐっては、ファンド運用期間や資金調達環境の変化など、様々な課題が存在することがデータ分析と取材から浮かび上がってきた。

現状維持では打破できない。だが手も足も出ない状況では決してない。M&Aを実行できる規模の事業会社や文系人材など、「外」の世界からいかに新しい力をもたらすか。新しい風が吹き込んだ時、日本の技術や研究成果が一気に花開くのかもしれない。

(※)経済産業省の認定する大学発ベンチャーと、STARTUP DBの定義する大学発スタートアップは一部異なる

「大学発・研究開発型スタートアップ」特集

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情報発信を通じて、大学などの研究成果を活かしたスタートアップが成長し、さらに裾野が広がる一助になることを目指します。これまでの分析記事は以下のリンクからお読み頂けます。

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