スタートアップでは近年、リアルなプロダクトの生産に踏み込む、よりチャレンジングな例が増えてきている。今回話を伺った株式会社TBM(以下、TBM)もそのひとつだ。彼らが取り組むのは「LIMEX(ライメックス)」と呼ばれる新素材の開発。紙やプラスチックの代替素材として生まれたことで、現在注目を集めている。メーカースタートアップだからこその苦悩が多い中で、代表の山﨑氏が諦めず事業と向き合えたのは「しがみつく強さ」を持てたから、だった。今回は、そのメンタリティについて詳しく聞いてきた。
「LIMEX」は、石灰石を主原料とする新素材で、紙やプラスチックの代替として活用することができる。「LIMEX」の誕生のキッカケは、石から出来た紙「ストーンペーパー」と呼ばれるものとの出会いだった。ストーンペーパー自体はもともと台湾で生産されているものだった。ストーンペーパーの可能性を肌で実感した山﨑氏が、事業を興して日本で広めようと考えるのにそう時間はかからなかったという。
山﨑 「僕はハタチで初めて起業を経験しましたが、ストーンペーパーに出会ったときほど、引きが強く魅力的に感じた事業はありませんでした。必ず日本で事業として成功させたいと感じたんです。そこで、まずは台湾の生産ラインと協力して製品を日本に持ち込むことから始めました」
台湾で生産していた企業と協業することを決定し、日本での事業展開を見据えて動き始めた山﨑氏。ストーンペーパーはエコロジーの観点から注目度が高く、日本でもすぐに引き合いがあったそうだ。必要としてくれる人がたくさんいる。その事実が、山﨑氏の何よりの原動力だった。ところが、うまくはいかなかった。ものづくりへの考え方の違いが原因だ。
山﨑 「品質の安定が、一番の課題でした。ストーンペーパーを日本で普及するためには、高い品質でいつでも製品を供給できることが重要です。ところが、台湾では風土的に考え方がそもそも違う。熱量を伝えて品質の改良を依頼したのですが、なかなかわかってはもらえませんでした」
台湾でのストーンペーパーの安定生産が難しいことを知った山﨑氏は、大きな決断をする。ストーンペーパーとは異なる、新しい技術での自社開発だ。新技術にも関わらず特許が取得されていなかったため、自社でも生産ラインを整えられると踏んだ。
山﨑 「台湾から輸入していたときに、ストーンペーパーの知識を付けていたので、自社でも生産できると考えたんです。当時、台湾で生産されていた製品は、価格や重量の面でもまだまだ改善点が多かった。エコロジーだけれどエコノミーではない素材だったんですね。でも、事業としての可能性は多いにあるわけです。僕ら自身が世界を目指してチャレンジするしかないと思いました」
新しい技術による石灰石を主原料にした新素材、すなわち現在のLIMEXの自社開発が始まった。開発における知見が溜まっていたから開発に対する不安はそう抱かなかったという山﨑氏だが、実際のところは資金と時間との戦いだった。
山﨑 「まずは自社の生産工場を作らなければならなかったのですが、その投資額は総額20億円。莫大な資金が必要でしたが、生産のためならとためらうことはなかったです」
工場設立に伴う資金繰りは、苦労の始まりにしか過ぎなかった。一番苦しかったのは、工場設立を終えて生産体制を整うまでの1年4ヶ月だった。なぜなら、その間、製品は生まれず資金は減る一方だったのだから。
山﨑 「20億円かけて工場が完成し、実際に自社開発に踏み切ったものの、完成品と言えるものができるまでには1年4ヶ月の時間を要しました。その間の、エネルギーコスト、人件費は常にかかるわけですから、お金は無くなるばかり。 僕はこの事業に命がけで取り組んでいるつもりだったので『どうしてゴミの山ばかり作らなければならないのだろう』と感じてしまって、すごく辛かったですね……。その無駄になる試作品を利活用するために、プラスチックの代替製品とする利用法が確立できたので厳しいばかりではありませんでしたが」
もともと、国内外問わず、期待値が高いことはわかっていた。だからこそ、山﨑氏はめげることなく事業と向き合い続けられたのだろう。ただし、苦悩する時期がどれほど続くのか、渦中にいる間はわからない。順調なときには「一生続ける」と誓ったことも、目の前の状況が変わってしまえば同じようには考えられないこともある。それでも、山﨑氏は、強い想いを持つことでしか事業は伸ばせないと強く話す。
山﨑 「基本的に、ピンチはチャンスだと捉えて行動するようにしています。だからこそ、プラスチック代替としての利用法を見出すことができたと思います。ただ、ものづくりを始めとした先行投資の大きな事業は、想像を絶するトラブルや資金繰りでの苦労が後を絶ちません。そういったときにも耐えられる胆力が必要です。 工場を設立した際、なかなか開発が進まないことにストレスを感じて辞めるメンバーは多かったですから。出資してくれた投資家からもすごくプレッシャーを与えられましたしね」
それでも、続けること。方法論では語りきれない想いを、抱き続けること。その想いの強さこそが、事業の成功を左右する。
山﨑 「具体的には、ステークホルダーに対してどれだけ感情移入できるのかどうかが強い想いを保ちつづけるために必要でした。正直、うまくいかない時期にポジティブでいることは難しいです。泣き言だって言っていました。それでも、仲間に話すことでわかることってたくさんあるんです。 事業が立ち行かなくなるかもしれないその時期に、目の前で泣き言を聞いてくれる仲間がいると思うと、なんとしてでも仲間たちを幸せにしたいって思いますから。創業時に抱いた社会に大きなインパクトを与えたい想いはもちろんですが、仲間たちに対する感謝が一番生まれる。それが、一番苦しい時期の特徴だと思うんですよね。 そうすると、自分の限界までは頑張ってみようとまた立ち上がることができます。僕らは、そうやってピンチの時期を乗り越えてきました」
経営者にとって、創業当初から一緒に走ってきたメンバーの離脱は胸が痛むできごとだ。しかし、多くの場合、乗り越えなければならない壁は訪れる。そのとき、どのように仲間との信頼関係を築くのだろうか。山﨑氏はその答えとして「自分たちのストーリーはドラマである意識を持つこと」を挙げる。
山﨑 「仲間との関係構築においては、いかにして同じ船に乗ってもらうのかを意識しています。事業の社会的意義だったり成長性だったりもありますが、一番はストーリーをしっかりと届けること。 僕であれば、LIMEXの開発は戦いだと思っていること、ひとりではなくみんなと感動したいことなどを伝えました」
経営者だからとひとりで抱え込むのではなく、多くの感情をシェアすることで生まれる信頼があるようだった。山﨑氏は、社内外問わずその姿勢を大切にし、すべてのステークホルダーが仲間であることを忘れなかったという。
山﨑 「たとえ外部のパートナーだとしても、感動のあまり一緒に泣き合うこともあるくらいなんです。どうして今TBMを続けるのかとすべての人に話しているからこそ、理解できるし自分ごと化できるのだと思っています」
LIMEXの開発は、まだ道半ばだ。これからさらに改良を重ね、日本中のみならず、世界中で利用される素材ともなり得るだろう。「グローバルで、エコロジーで、エコノミーで、勝つ」山﨑氏が掲げたその夢は、今まさに実現できそうなところまでやってきているようにすら思える。今後、さらに世界規模で戦うために、足場を固めているそうだ。
山﨑 「今後は、日本全体で消費者がLIMEXの存在を認知すること。大企業を巻き込んでその認知を広げていくことなどが必要だと考えています。日本を拠点として、LIMEXはさらなる広がりを見せていけるように頑張っていかないといけないですね」
決して楽ではない、世界初新素材の開発に取り組むスタートアップ、TBM。大きな挑戦に挑み続ける山﨑氏に、これからスタートアップに飛び込む社会人に向けたメッセージを聞いてみた。
山﨑 「ポジティブな意味でもネガティブな意味でも、ひとりの与える影響が極端に大きいのがスタートアップです。ひとつずつの決断に対して、自分の会社のように考えながら思考できる経験は稀有なもの。どんどんチャレンジしてみてほしいと思っています。 たとえ失敗しても、そんなのはよくあることです。傷を背負うからこそ、気づけることだってありますからね。 世の中に、時間ほど平等なものはありません。やりたいと思ったときには、たくさん挑戦していろいろな経験を積んでください」
執筆:鈴木しの取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:戸谷信博