社員の業績や貢献度などに応じて付与できるなどのメリットがあり、スタートアップ企業の間で活用が広がっていた「信託型ストックオプション」について、国税庁の担当者が都内で実施されたセミナーに登壇し、「従来から給与所得課税と考えている」との見解を改めて示した。
スタートアップ企業では、従業員への金銭的なインセンティブとして、ストックオプション(新株予約権)が活用されている。これは、予め決められた価格で自社株式を購入する権利を付与し、従業員は上場後などに株式を売却することで、差額分の利益を得られるというものだ。
一方で、税制上の優遇措置を受けるためには、権利行使価格(=従業員が株式を購入する価格)が時価以上である必要があるなど、一定の要件を満たす必要がある。このため、時価上昇後に入社した従業員は得られる利益が比較的少なくなってしまうことや、実際の貢献度に応じた配分ができにくいことが課題として挙げられていた。
信託型ストックオプションは、こうした課題に対処できるスキームとして注目されていた。経営者らが資金を拠出したうえで信託会社などの「受託者」が新株予約権を取得し、後になって貢献度などに応じて従業員らに交付する仕組みだ。信託型ストックオプションをめぐっては、有償で発行されることなどもあり、権利行使時点(=株式を購入するタイミング)ではなく、株式を売却して利益を得る時点で課税されるという見方が存在していた。
しかし、2月20日に開催された衆議院予算委分科会で、信託型ストックオプションの税制上の扱いについて聞いた土田慎・衆議院議員(自民)の質問に対し、国税庁の星屋和彦・次長は「役員等への付与を目的としたものである場合には、実質的に役員等に付与したと認められると考えられることから、ストックオプションを行使した日の属する年分の給与所得に該当するものと考えている」と回答。従来の一部見解と異なるものだとして反響が広がっていた。
国税庁の回答の通り給与所得として扱われる場合、権利行使時点で課税されることになる。すでに行使した従業員については、売却していなくても遡って税金を徴収される可能性がある。税率も異なる。従来の信託型ストックオプションでは売却時に譲渡所得として20%が課税される想定だったが、給与所得では累進課税となり最大で55%だ。
5月29日に開催されたセミナーには国税庁の担当者らが登壇し、信託型ストックオプションに関して「従来から給与所得課税と考えている」との見解を改めて示した。
国税庁の説明によると、信託会社などの受託者を経由した場合であっても、ストックオプションは役職員への報酬と見做される。また、有償発行であるとの見方に対しては「役職員には金銭負担がない」と反論した。
担当者はその後、信託型ストックオプションへの対応について、交付済みだが行使していない場合は「給与所得課税になる前提で行使するか、行使しないで新しいインセンティブに切り替える選択ができる」と呼びかけた。すでに株式を取得したケースについては「給与課税となり、源泉所得税の納付が必要だ。一括納付が困難な場合には、税務署に申請することで原則として1年以内の期間に限り分割納付が認められることがある。税務署で相談を受ける体制を整えている」とした。
国税庁は同時に、「スタートアップ支援は重要な施策だ」として税制適格ストックオプション付与時の株価算定に関する新しいルール案も示した。あらかじめ示された基準を満たせば違反などの対象にならないことを指す「セーフハーバー」として、取引相場のない株式については「財産評価基本通達」の例に沿って決めれば税制適格になるとした。
具体例として、「スタートアップが活用することが多い」とした純資産価額方式を示した。資産300万円、負債250万円のスタートアップの場合、差し引きで残った50万円の純資産を全株式で割った価格が基準となる。1,000株発行されていた場合は、一株あたり500円が税制適格要件を満たすための最低ラインとなる。優先株式が設定されている場合、同じ方法で優先分配・均等分配分をそれぞれ計算する。
未上場スタートアップの株価は評価額(バリュエーション)が元になるため、税制適格要件を満たす行使価額の引き下げが見込まれる。セミナーには経済産業省からも担当者が出席し、2024年度の税制改正に向けた要望として▽株式保管委託要件の撤廃や▽社外高度人材への付与要件の緩和、それに▽権利行使限度額の大幅な引き上げまたは撤廃に取り組んでいくとした。
質疑応答では「なぜこのタイミングで発表したのか」という趣旨の質問が複数寄せられた。
これに対し国税庁の担当者は「従来からずっと給与課税されるという認識。照会があれば回答するスタンスだ」と答えた。また「個人で既に行使した方もいる。追徴なども含めると相当な額になると思うが、それに対しての救済措置は、1年以内の分割納付以外を検討する可能性はあるのか」と問われたのに対しては「法律の関係がもう終結しているため、当方として対応できるのは分割納付の相談しかないと認識している」と応じた。
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