スタートアップへの投資額を2027年度に現在の10倍程度となる10兆円規模に引き上げるとする政府の目標について、スタートアップ企業や事業会社などに尋ねたところ、「実現できない」などの否定的な回答が4割を超えた。
「大手企業のスタートアップへの理解を高めて欲しい」とか「税制メリットが足りない」などの指摘が相次いだ。一方で、政府のスタートアップ振興策である「育成5か年計画」には好意的な見方が多かった。数値目標への冷ややかな視線と政府の振興策にかかる期待の高さは、いずれも課題意識の強さを反映していそうだ。
政府は2022年11月に発表した「スタートアップ育成5か年計画」の中で、スタートアップに対する年間投資額を2027年度に10兆円規模へ増やす目標を掲げている。
STARTUP DBの調査では、2022年の年間投資額は約1兆1,386億4,800万円だった(融資などを含む)。目標達成には、5年間でおよそ10倍程度にする必要がある。
こうした政府の取り組みを、日本のスタートアップ・エコシステムはどう受け止めているのか。
STARTUP DBは、スタートアップ企業や投資家、それに事業会社などが含まれる「STANDARD会員」を対象にアンケート調査を実施し、255社から回答を得た。
まず、投資金額を10兆円規模とする政府目標について実現可能かどうか聞いたところ、「おそらく実現できない」が33.6%、「実現できない」は10.4%と、合わせて44%が否定的な見方を示した。
「おそらく実現できる」は19.0%。「実現できる」は5.7%と最も少なかった。
属性別に見ると、投資を受ける側のスタートアップは「実現できる」「おそらく実現できる」が合わせて30.1%と比較的高かった。一方で、出資する側の投資家は「実現できない」だけで23.1%にのぼるなど冷ややかだった。
「実現できない」との見方を示したスタートアップ企業は「VC(ベンチャーキャピタル)が蓋然性、蓋然性と言って結局スケーラビリティの再現性があるものにしか投資しない。もっと化けるものに投資して、100本に1本大化けするようなプレイヤーが増えてほしい」とコメントした。
「おそらく実現できる」とした別のスタートアップ企業は「M&Aの促進のために、受け皿となる大手企業のスタートアップへの理解を高めて欲しい。出資や投資額が世界に比べて低すぎて、日本のスタートアップの育成や出口先を狭めている」と指摘した。
また事業会社からは、「投資家がスタートアップに投資する税制メリットが足りない」(「どちらでもない」)とか、「事業会社からのカーブアウトの促進、並びに環境分野と同じく大手企業の支援を加速させるため官公庁による何らかの施策設定が必要」(「おそらく実現できない」)などといった声が上がった。
「10兆円規模」という数値目標には懐疑的な見方がある一方で、スタートアップ支援策が盛り込まれた「育成5か年計画」には高い期待が寄せられている。
5か年計画についての感じ方を尋ねたところ、「期待できる」か「やや期待できる」と答えた割合は▽スタートアップで76.3%▽投資家で76.9%▽事業会社で54.3%といずれも高かった。事業会社の割合が比較的低かったのは、「計画を知らない」が15.3%存在していたことが影響しているとみられる。
5か年計画は、次の3つの柱から構成される。
▽「人材・ネットワーク構築」...起業を志す人材の育成や支援など▽「資金供給の強化・出口戦略の多様化」...VCの投資拡大や公共調達の促進など▽「オープンイノベーションの促進」...スタートアップの発行済み株式取得に対する税制上の優遇措置など
これらについて「最も実現を期待したいもの」を選んでもらったところ、スタートアップ、投資家、事業会社のいずれも「資金供給の強化・出口戦略の多様化」となった。特に、資金調達を重ねてIPO(新規株式公開)などのEXITを目指すスタートアップは73.8%と、大きな期待を寄せていた。
事業会社は「オープンイノベーションの促進」が27.1%と比較的高かった。事業会社にとっては、自社とのシナジー効果が見込めるスタートアップへの出資や買収などのニーズが強く、数字にも反映されている。2023年度の税制改正法案にも、オープンイノベーション促進の一環として、スタートアップのM&Aを税制上で優遇する措置が盛り込まれている。
5か年計画のうち、「資金供給の強化と出口戦略の多様化」の施策の一つである「非上場株式のセカンダリーマーケット」ついて聞いた。
非上場企業の株式をめぐっては、流動性の低さがかねてから指摘されてきた。市場を通さずに売り手と買い手で売買する「相対取引」や、取引規模の小さい「株主コミュニティ」などに限られるのが現状だ(野村総合研究所 / 2022年)。
5か年計画ではこれに対して、「スタートアップが未上場のまま成長できるよう、プロ投資家向けの非上場株式の取扱いを可能とするため、2023年度中に金融商品取引法の関係政令を改正する」という文言が盛り込まれている。
スタートアップ側もこの動きを歓迎している。セカンダリーマーケットの整備ついて「期待していない」と答えたのは5%と最も少なく、ほとんどがプラスの効果を見込んでいた。
具体的には、「ファンドの償還期限に関わらない資金調達ができ、IPOまでの猶予ができる」が58.8%で最多だった。スタートアップがVCの組成したファンドなどから資金を調達した場合、原則的に、ファンドの運用期間(一般的には10年間)が終わるまでにEXITし、利益を出すことが求められる。
これに対し、セカンダリーマーケットが整備されれば、IPOをしなくても投資家が利益を得るルートが開けることになる。
次いで「保有する株式を売却して現金化する手段が増える」が23.8%だった。「海外投資家の参加が期待できる」と「退職する創業メンバーらの株式の売却先になる」が6.3%と並んだ。
投資家の回答を見ると、「IPOまで時間がかかるが有望な企業へ投資しやすくなる」が30.8%と最多だった。セカンダリーマーケットの整備は、資金の出し手と受け手の双方からメリットが期待されていそうだ。
スタートアップへの投資額は、2018年の8,093億8,000万円から22年の1兆1386億4,000万円へ増えている(融資などを含む)。エコシステムは確実に厚みが増し、岸田政権もスタートアップを「新しい資本主義を体現するもの」と位置付けるほどに存在感も出てきた。それでも金額ベースで見るとおよそ1.4倍だ。
その歩みを振り返ると、「5年間で10倍」という政府目標は簡単ではなさそうに見える。
アンケートの自由記述欄を見ると、スタートアップ企業側からは海外との差を挙げる回答が複数上がっている。「出資や投資額が世界に比べて低すぎて、日本のスタートアップの育成や出口先を狭めている」というものや、「日本では隙間産業のスタートアップ企業ばかりで、世界を圧倒する本物のスタートアップ企業がない」という厳しい声も寄せられていた。
また、具体的な要望としては「支出裁量の大きい、もしくは人件費を補填する補助金の創設」とか、「基礎研究を必要とするディープテックスタートアップへの長期(5年超)の投資」というものがあった。
出資やM&Aなどをする側の事業会社からは、「税制優遇等を考えて欲しい」などスタートアップ投資のメリットを求める声が複数上がっている。
政府の5か年計画は、海外の起業家や投資家の誘致、それにディープテック分野の国際共同研究やオープンイノベーションの促進などを掲げる。計画へ高い期待が寄せられたのは、課題意識の強さの裏返しとも取れそうだ。
今後は、計画に盛り込まれた内容が着実に実行され、また活用されていくことが重要になるはずだ。10兆円規模の数値目標について「どちらでもない」としたスタートアップ企業はこうコメントしている。
「戦略自体に異論はなく、政権が変わったとしても継続して進めてほしい。また、実際の進捗状況を四半期単位で振り返り、事業活動のようにPDCAを早く回して、戦略を実現するように動いてほしい」
<調査概要>
調査内容/スタートアップエコシステムにおける投資・資金調達に係る実態調査
調査目的/資金調達関係者の「投資・資金調達」にまつわる関心や考えを明らかにする目的
調査方法/インターネット調査(Web上のアンケートフォームより入力)
調査期間/2023年2月13日~2月17日
調査機関/フォースタートアップス株式会社(自社調査)
調査対象/『STARTUP DB』登録のSTANDARD会員のうち、 VC/CVCの投資家・事業会社のオープンイノベーションまたは新規事業開発担当者、スタートアップ経営者または資金調達関係者(全3,822名)
回答者/有効回答数255件(そのうち、VC / CVC、スタートアップ、事業会社の数は211社)