「素敵な洋服を着て、おいしいご飯を食べて、気持ちの良い環境で眠りたい」衣・食・住は、人間の根源的な欲求だ。とくに食は、どんな人にとっても、毎日複数回発生するイベントともいえる。そんな「食」に対して、並々ならぬ覚悟でサービスを生み出す企業がある。実名口コミグルメサービス「Retty」を提供する、Retty株式会社(以下、Retty)だ。ECサイトの運営やWeb広告販売に携わった代表の武田氏が、レッドオーシャンに見える「食」の市場で戦うのはなぜだろうか。インタビューを通して、これまでと、描いた未来の姿を伺った。
武田 「もともと短期のインターンとか営業インターンとかをいろいろと経験していました。将来のためにと思って探していたときに出会った人材派遣会社のインターンだったとき、新規事業を考えていた社長に『ECサイトをやりたいです』と提案したんです」
ECサイトを選んだのは、商売のワンサイクルがすべて詰まっているからだった。商品の仕入れ・販売・配送のサイクルを小さい規模ながらも経験できることで、将来の事業につながると考えた。最初に販売をはじめたのは、北海道産のカニだ。
武田 「当時ECサイトで一番売れるのがカニだったからと単純な理由で商品を決めました。まずは、マーケットの大きなところから攻めたいと考えたんです」
初速は順調だった。しかし、だんだんと売上額は停滞。考えてみると、ECサイトならではの課題が隠されていた。
武田 「僕らの仕入れ値と同じくらいで、ほかのECサイトでカニが販売されていたんですよね。これがインターネットか、と思いました。商品には、価格以外の独自性がないと売れないんですよ」
次に販売したのはチーズケーキだ。インターネットには出回っていない有名店の商品を交渉し、なんとか販売にこぎつけた。OEMにも挑戦して、500個ほどの生産にも踏みきっている。
武田 「試行錯誤を繰り返したものの、なかなか思うようには売れなくて。その後、化粧品やサプリなどにも挑戦しましたが、あるとき突然インターン先の企業が廃業してしまって。ECサイトも止むを得ずクローズしました」
その後、武田氏は株式会社ネットエイジ(以下、ネットエイジ)に就職する。ECサイトを継続して学び続けるか悩んだ末での決断だった。決断のきっかけは、今後伸びる市場をモバイルに見出したことだ。
武田 「ECサイトの運営は本当におもしろかったので悩みました。ただ、クローズ前にモバイルの売上シェアが一気に増えはじめていたことを肌でもデータでも感じていて。 次はモバイルの時代が確実に来るなと、販売やマーケティングなどを含めてモバイル領域でチャレンジできる環境として選んだのがネットエイジでした」
新規事業として、モバイル広告の販売をはじめるフェーズだったネットエイジ。挑戦したいことと事業内容がマッチして入社を決めた。新規で立ち上がった小さな組織のなかで、モバイル広告の販売や企画に携わった。
武田 「どの業界に営業するのかすら自分で決められるような組織風土だったんです。しかもモバイル広告はまだ広まっていないから、業界も選び放題で(笑) 起業の前に組織や事業運営についてもっと知ろうと思って入社しましたが、起業するには最初の市場選びがビジネスに大きな影響を与えることを肌で実感しました」
これから大きくなるが、まだ成熟しきっていない業界であること。広告との相性とを考えること。これらを踏まえて、営業ターゲットも固めていた。
入社から3年後、起業すること以外、事業ドメインはまったく決めずに退職した。
武田 「広告販売の経験から市場の見極めが最重要だと思っていました。そこで、退職後すぐに起業するのではなく、しっかりと熟考しようと1年間ほどアメリカ・サンフランシスコへ渡航して、さまざまな企業や人を見て回りました」
スタートアップの聖地、サンフランシスコ。武田氏がドメインを決めるうえで、大きな影響を与えた。
武田 「日本の新規サービスは、アメリカで爆発的に人気が出たものが流れてくるケースが多いと感じました。でも、せっかく日本発で起業するのにそういった二番煎じはいやだなと。せっかくなら日本発でイノベーションを起こしたいと考えるようになったんです」
日本発でイノベーションを起こした領域といえば、アニメ・まんが・ゲームなどが当たる。海外でも広く親しまれている文化だ。しかし、武田氏が注目したのは「食」だった。
武田 「ゲームやまんがに興味を持って取り組めるイメージがあまりなかったことがまずひとつ。また、東京は世界有数のレストラン数を誇る都市であると同時に、ミシュランで三つ星認定されたレストランの数も世界で一番多い都市です。そのため、『美食都市』として世界から注目を集めています。質と量、それぞれが高水準で、世界的にも文化が浸透しているドメインとして最適でした」
また、起業当時の2010年は、モバイルからスマホに切り替わりはじめるタイミングだった。スマホの登場によって、人々の発信はよりライトに変わるはずだと考えて、食と発信とを結ぶサービスを生み出した。
食と発信を掛け合わせて「Retty」は生まれた。しかし、当時はまだただの口コミサービスでしかない。実名制が必要だと感じたのは、さらに次のフェーズに差し掛かったタイミングだったという。
武田 「スマホの登場によって、まずは発信者の母数が増えるだろうと考えました。これまでの発信者と受信者の割合が“1:99”程度だとしたら、今後は“10:90”くらいになってもおかしくありませんから。 また、2011〜2012年頃にかけては、日本でもTwiiterやFacebookなどのSNSが一気に浸透した時代です。とくにFacebookのウリは、実名を出したサービスであることでした。そういった時代の流れに合わせながら、コンセプトをチューニングしていましたね」
立ち上げ初期と今とでは、サービスの使い勝手はまったく異なる。時期を見ながら少しずつ切り替えていくことが必要だった。
武田 「フェーズによって、サービスの向き先が変わるんです。初期の頃は、とにかく口コミを集めなければならないから投稿者のためのサービスにする必要があります。 ところが、一定数の口コミが集まったら今度は情報の受け取り手が見やすいサービスでなくてはなりません。2〜3年ごとくらいで、KPIはだんだん変わっていきますね」
現在サービスのリリースから7年が経過した。今もなお「食」に関わり続けることで感じるやりがいはどのようなものだろうか。
武田 「人々の生活の中心にあるものに関われることです。Rettyでは、社内のメンバーも頻繁にサービスを利用しています。いろいろなお店を見つけて食べて、より食が好きになっているようなんです。 ひとつのサービスが、誰かの毎日に役立ったり浸透することはなかなかないじゃないですか。だから、多くの情報を提供できて、僕らも情報を提供してもらえていることはとてもしあわせですよ」
立ち上がったばかりの頃、各ファンクションがひとりずつしかいない状況のなかデザイナーが退職したことが、これまででもっともつらかった瞬間だと語る武田氏。ほかにも、キャッシュの残額が10万円以下にまで追い込まれるなど、苦労は絶えなかった。それでも「食を通じて世界中の人々をHappyに。」と掲げた企業理念に、今も昔も寸分の狂いもない。武田氏が今後描く、食を通じて届けるHappyは、どのようなものか。
武田 「一人ひとりにとっての、期待のちょっと上を行き続けるサービスでありたいんです。誕生日のときにお祝いするための雰囲気の良いレストランや、悲しんでいる友人に寄り添ってあげられるレストラン。まだ見知らないレストランを、『Retty』を通じて届けたいです」
すでに月間3,000万人以上に利用されている「Retty」だが、武田氏はまだまだ道半ばだと語る。それは、世界に向けて誇れるサービスでありたいという、強い想いがあるからだ。
武田 「これからは、世界に向けて『食』をもっと発信していきたいですね。実名制の口コミサービスとして、世界に展開していくつもりです」
最後に、これからスタートアップに飛び込む、もしくは起業する人に向けて、武田氏は「本気で成功すると信じきることが大切だ」と強く述べる。
武田 「近年、スタートアップに関する情報は一気に増えました。メリットやデメリットを目にすることも多いでしょう。しかし、そんなことに捉われるのではなく、まずは人生をかけて追いかけたいテーマや人と出会えているかどうかを気にするべきです。 そして、失敗したとしても、本当にいけると信じてさえいれば、きっと報われるときが訪れます。成功するイメージを自分のなかにもって走りきってください」
執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:横尾涼