コラム

「大企業の肩書きが外れたら、何も残っていない」。オープンエイト・髙松雄康の危機感と起業秘話

2018-09-20
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
「なにも成し遂げていないから起業した」一社を上場まで導いたCOOは、なぜ新たなビジネスを追い求めるのか

「挑戦」は、時として痛みをともなう。成功すれば「勇気ある決意」だと讃えられ、失敗すれば「言わんこっちゃない」と罵られる。それでも挑戦する選択をしたとき、きっと人は失敗よりも強い“なにか”を感じて走りはじめるのだろう。大企業を退職後、役員就任や上場まで経験した会社を辞めて起業するという選択も、ひとつの「挑戦」だ。決して楽な道ではない40歳からのスタートアップ立ち上げを選んだ株式会社オープンエイト(以下、オープンエイト)の代表・髙松氏は自身の選択を振り返ってこう語る。「なにも成し遂げていないって想いがあったから、起業を選んだんです。いろいろな道が目の前に広がっているなかで、自分と同世代の人たちが大きな決断をしているのにも関わらず自分はなにもできていなかった。だから、負けたくない。そう思ったんですよね」髙松氏の強い決断の裏側に隠された意思決定に迫った。

スマートフォンの普及と共に求められるのは、リッチコンテンツだと確信した

■髙松雄康(たかまつ・ゆうこう) ー株式会社オープンエイト 代表取締役社長兼CEO 1996年、株式会社博報堂に入社。大手自動車メーカーのキャンペーン全般を担当。2005年より、コスメサイト「@cosme」を運営する株式会社アイスタイルで取締役兼COO、CMOなどを歴任。関連事業を運営するコスメコム、コスメネクスト、アイスタイルグローバル(シンガポール)のCEOとして国内外の化粧品関連事業を統括し2012年に東京証券取引所1部に上場。2015年4月オープンエイトを創業。
髙松雄康(たかまつ・ゆうこう)ー株式会社オープンエイト 代表取締役社長兼CEO1996年、株式会社博報堂に入社。大手自動車メーカーのキャンペーン全般を担当。2005年より、コスメサイト「@cosme」を運営する株式会社アイスタイルで取締役兼COO、CMOなどを歴任。関連事業を運営するコスメコム、コスメネクスト、アイスタイルグローバル(シンガポール)のCEOとして国内外の化粧品関連事業を統括し2012年に東京証券取引所1部に上場。2015年4月オープンエイトを創業。

オープンエイトは“動画”と“AI”がキーワードのテクノロジーカンパニーだ。

スマートデバイスにおけるマーケティングプラットフォーム「OPEN8 AD PLATFORM」や、おでかけ動画マガジン「ルトロン」の運営、さらにAIによる動画自動生成ツール「VIDEO BRAIN」に関する事業を展開している。これから動画の時代がくると感じたのは、前職である株式会社アイスタイル(以下、アイスタイル)の副社長だったタイミング。日本最大級のコスメサイト「@cosme」の経営に12年間携わる中で感じていたネットマーケティングの課題にあった。

髙松 「コスメの情報が集約されている『@cosme』はコスメに興味関心のある女性をターゲットに運営していました。とくに目的を持っているユーザーにとっては非常に使いやすいものでした。 商品の検討から購入直前のタイミングで必ず参考にする商品口コミサイトを中心に美容領域を垂直統合でビジネス拡大していくわけです。でも、今後のネットビジネスの将来を見据えたとき、僕の考えは少し違いました。 SNSの台頭やスマホの通信速度が高速化された世界で間違いなく個人もメディアもリッチコンテンツ重視の世界が広がっていく。どこかの業種に特化するのではなく、マーケティング全体の中で目的を持ってない人にも商品の認知や興味関心を持ってもらう、テレビのような領域にこれからは大きな可能性があると思ったんです」

髙松氏はテレビや雑誌などのマスメディアが得意とする、需要を喚起するマーケティングの追及に大きな可能性があると考えた。オープンエイト設立当時は2015年。スマートフォンも一通り普及し、動画配信サービスの市場が一気に立ち上がろうとしているフェーズだった。

髙松氏はテレビや雑誌などのマスメディアが得意とする、需要を喚起するマーケティングの追及に大きな可能性があると考えた。オープンエイト設立当時は2015年。スマートフォンも一通り普及し、動画配信サービスの市場が一気に立ち上がろうとしているフェーズだった。

髙松 「当時は、動画をはじめとしたリッチコンテンツが今後のメインストリームになるのではと思うほど、同時期に動画ベンチャーが立ち上がっていました。その上で、マーケティング的な観点から考えると“動画”と“広告”を掛け合わせたビジネスモデルが良いのではないかと思うようになったんです」

「動画×広告」の観点から、国内最大規模のスマートフォン動画広告配信プラットフォームの基礎となる「VIDEO TAP」をスタート。その後、動画ビジネスのエコシステムを構築するためリアルな場をユーザーがネットを通じて体験できる動画メディアを立ち上げたいと考え、おでかけ動画マガジン「ルトロン」をローンチした。当時、メディアは乱立し、またアドテクノロジーの台頭により、いわゆるバナー広告の単価が下がっていくことも目に見えていた。それを受けて、ブランディングに主眼をおいた動画広告を用いた配信プラットフォームのローンチによって、販促に傾きつつあったメディア領域全体に一石を投じる方向に進んだ。

髙松 「最初は、キャッシュもなかったし売り上げも立たないしで、正直動画メディアを作ることはできないだろうと思っていたんです。けれど、もっと動画広告を活かせるものと考えたら、メディアを作りたいと考えられるようになってきて。 結果的に、メディアにソリューションを提供する存在として誰よりも先に動画広告の配信プラットフォームを立ち上げ、そのノウハウを活かした動画メディアを持つことで業界に与えられたインパクトは大きかったと思っています。動画広告プラットフォームと動画メディアの両軸持っている会社はほかにはないので」

CMの制作現場で何度もビールを注ぐ父の姿はまるでヒーローだった

髙松氏が、メディア、引いては広告業界に興味を持ったのは15歳のとき。父が発注側として広告に携わっていたことがきっかけだった。幼少期からコンテンツに触れていた昔を、髙松氏はこう語る。

髙松氏が、メディア、引いては広告業界に興味を持ったのは15歳のとき。父が発注側として広告に携わっていたことがきっかけだった。幼少期からコンテンツに触れていた昔を、髙松氏はこう語る。

髙松 「5歳くらいの頃から両親に大人向けの映画を観せてもらっていたんです。『戦場にかける橋』とか『キングコング』とか、明らかに子ども向けではないタイトルばかり(笑)制作されたコンテンツに対する漠然とした憧れはそのときに培われたものです」

きっかけは、父に連れられて行ったCM制作現場だった。当時飲料メーカーの宣伝部に配属されていた父が、目の前で撮影に関わる姿が印象に残ったのだという。

髙松 「子どもの頃ですから、僕の目に父の姿がまるでヒーローのように映りました。とあるビールのCM制作現場だったんですけれど、たくさんの大人がワンテイク撮るごとに細かな泡の調整をしてビールを注いで。その中心にいたのが父でした」

15歳の髙松氏の心には、たしかに「広告業界に進みたい」といった想いが芽生えていた。そのまま高校、大学へと進学した。大学2年生になったとき、あらためて「広告の仕事に就きたい」と考え、株式会社宣伝会議が開講しているコピーライター養成講座を受講。広告代理店一本に絞った就職活動を行なったという。

博報堂を選んだ理由は「生活者発想」に魅了されたから

髙松氏が就職活動を行なっていた時代は就職氷河期。周囲の学生を見渡してみると、10人に1人の内定者がいるかどうかというほど、就職の難しい時代だった。

髙松氏が就職活動を行なっていた時代は就職氷河期。周囲の学生を見渡してみると、10人に1人の内定者がいるかどうかというほど、就職の難しい時代だった。そんな環境のなか、髙松氏はとくに人気の高い広告業界を志望した。無事入社を決めたのは、株式会社博報堂(以下、博報堂)だ。

髙松 「就職活動中には、さまざまな代理店に足を運んでいました。とにかく受かった企業にとの思いもありましたが、博報堂は生活者発想という言葉を提唱している企業でもあったので興味が湧いたんです」

今でこそ浸透しつつある“生活者発想”のフレーズ。多様な社会のなかで生きる人々に寄り添った視点で物事を洞察するという意味を持った言葉だ。博報堂が提唱したことで、日本で広く知られるようになった。

髙松 「博報堂は、企業理念だけでなく社員もみんなが生活者を意識してクリエイティブに取り組んでいました。また、広告代理店ではあるもののマーケティングの視点を非常に大切にしていました。そういった、企業としての在り方に共感して入社を決めました」

営業として博報堂に入社。最終的には販促キャンペーンを統括する存在となった。携わったプロジェクト数は数知れず。誰もが知る大企業の名前もあった。

髙松 「博報堂では、クライアントとクリエイターのパイプ役を営業が務めているんです。実制作に携わるまでの一連の工程すべてを学べたので得たものが大きかったですね。入社3年目にはCM制作の現場を丸ごと任せてもらったこともありました」

大企業の肩書きが外れると、自分には何も残らない

大手広告代理店「博報堂」の肩書きを捨てることを意識したのは、入社から3年ほど経過した頃だったと語る。目の前の仕事に手一杯で、生活者発想を失いかけていると感じたからだ。

大手広告代理店「博報堂」の肩書きを捨てることを意識したのは、入社から3年ほど経過した頃だったと語る。目の前の仕事に手一杯で、生活者発想を失いかけていると感じたからだ。

髙松株式会社サイバーエージェント(以下、サイバーエージェント)創業者の藤田さんやホリエモンなど、僕と同世代の人たちがちょうどインターネットや経営の世界で才能を開花させている時期だったんです。このままだと立ち遅れるだろうと危機感を抱いて、転職を考えました」

転職活動に取り組んだのは入社4年目の頃だった。しかし、まったくうまくいかなかったのだという。

髙松 「当時サイバーエージェントの専務を務めている知り合いの元を尋ねたら『うちには必要じゃない』と一蹴されてしまって。 大企業の肩書きを名乗り、大手クライアントと仕事をしていても、肩書きがなくなったら僕自身には何も残っていなかったんですよね。手元に残るのは肩書きばかり。このままではダメだと思いました」

肩書きではなく自分でなにか新しい価値を生み出せる環境をと考えて、社内の別部署で海外事業とイベント事業に従事した。その後、さらに4年が経過したタイミングでアイスタイルに転職。執行役員として入社し、上場の頃には取締役COO(最高執行責任者)にまで上り詰めていた。

髙松 「ほかの転職先も探していたのですが、アイスタイルは親友がCEOを務めている縁もあって、企業の風土も良いなと。売上の総責任者として入社しました。『@cosme』が上場に向けて単なるコミュニティサイトを脱却。事業会社としての地位を築くまでのキャッシュを含めた屋台骨を作るべく、10年間とにかく奔走しましたね」

アイスタイル髙松氏が統括したプロジェクトは多岐にわたる。ジョイントベンチャー設立から店舗運営やメディアの運営まで、関われることにはすべて関わった。そして、2012年には東証1部上場する頃には全ての売上責任を負うまでになっていた。

「なにも成し遂げていない」。だから、起業する

アイスタイルの退職は、決して王道の選択肢ではない。経営者として上場まで導いた企業を退職してまでオープンエイトを設立したのは、いったいなぜだろうか。髙松氏に問いかけてみた。

アイスタイルの退職は、決して王道の選択肢ではない。経営者として上場まで導いた企業を退職してまでオープンエイトを設立したのは、いったいなぜだろうか。髙松氏に問いかけてみた。

髙松 「僕は、負けず嫌いなんです。同世代の人が活躍している姿を横目で眺めているけれど、自分はなにも成し遂げられていないと感じていたんですよね。 それって、悔しいじゃないですか。世界に向けてゼロから一石を投じるなにかを生み出したいと思ったし、年齢的にもまだできるだろう、と。ゼロから無限の可能性を開くという意味でオープンエイトと名前をつけたのもその想いがあったからです」

リスクを背負ったとしても。そして、たとえ失うものがあったとしても。挑戦したいと感じる限り、髙松氏は挑戦を続ける。そんな髙松氏率いるオープンエイトは、今後さらに伸びるであろう動画領域に注力してビジネスを展開していくのだそうだ。

髙松 「これからオープンエイトは、さらなるマーケティングのエコシステムを創出していかなければならないと感じています。近々訪れるであろう5G(*1)時代に向けて、引き続き動画マーケティング領域で一番を目指して前進するつもりです」

*1:第5世代移動通信システム。現在主流の4Gの100倍の通信速度を目指している。

動画マーケティングといえば、オープンエイト。そう呼ばれる未来も、きっとすぐそばまできている。最後に、これから起業やスタートアップへ転職する人に向けたメッセージをいただいた。

髙松 「スタートアップに飛び込む・起業することの一番の面白さは高い熱量でビジネスに関われることですね。大企業もスタートアップも、業務自体はそこまで大きく変わりませんから。変わるのは、携わる業務のバリエーションとスピード感です。 あとは、諦めない力。スタートアップは、基本的にすごくキツイ環境です(笑)諦めずに続けることだけでも、成功するためのきっかけになるような気がしています」

「永遠のカリスマは、サイバーエージェント藤田さんなんですよね」と語る髙松氏。切磋琢磨できる同世代の存在は、社会人歴20年を超える今もなお、モチベーションの源泉になっているようだった。

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:戸谷信博

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