画像や映像を解析する独自のAI技術開発を行い、スマートシティの開発支援やサイネージ広告を手掛けるニューラルポケット株式会社(以下、ニューラルポケット)が東京証券取引所マザーズへの新規上場承認を受けた。承認日は2020年7月10日で、8月20日に上場を果たした。ニューラルポケットは、「AIエンジニアリングで未来の社会を形にする」というミッションのもと、重松路威氏により2018年1月に創業。設立から、わずか2年半での上場となる。本記事では、新規上場申請のための有価証券報告書Ⅰの部の情報を元に、同社のこれまでの成長と今後の展望を紐解いていく。
最新の四半期ごとの売上高に注目する。2020年第四1半期では、前年同期と比較して、約5倍と急激に成長していることが分かる。また、営業利益に関しては、2019年12月期第3四半期までは赤字が続いていたものの、第4四半期以降は黒字化を達成し、増加傾向にある。
独自開発のAIアルゴリズムによる画像・動画解析と端末処理技術を活用することで社会に貢献し、ビジネスにインパクトを与える「AIサービス」の創出を行う。また、同社はAIエンジニアリング事業の単一事業であるが、主にスマートシティ関連サービス、サイネージ広告関連サービス、ファッショントレンド解析関連サービスの3つのサービスの展開を行っている。
①スマートシティ関連サービスサイネージ広告関連サービスなどで蓄積されたAIライブラリを組み合わせて、それぞれの街、地域が抱える課題にソリューションの提供を行っている。同社がスマートシティ関連サービスにおいて、注力しているサービスは以下である。(1)スマート物流/スマートファクトリー工場のスマート化を推進。これまで暗黙知とされてきた熟練工の経験に基づく動きに関して、AIカメラを用いて可視化し、新人工員の稼働管理に役立てる。また、工場内にAIカメラを設置することで、機械などの非デジタル設備の稼働状況を常時監視するとともに、工場の導線解析、異常が発生した際に迅速な対応が出来るよう、工場運営体制の整備に寄与している。(2)AI搭載スマートフォン・ドライブレコーダーAI画像解析技術とエッジ処理技術を応用し、スマホで運用可能なAI搭載のドライブレコーダー「スマートくん」を提供。アプリケーションをダウンロードすることで、スマホがドライブレコーダーとして使える仕組みだ。録画機能のみでなく、急発進・急ブレーキ検知や前方車両アラートなどの機能も搭載している。同社は、上記を無償で提供する代わり、ドライブレコーダーが取得した運転データや道路情報などのビッグデータを取得する。これらの情報を、自動車会社、タクシー会社や保険会社といった事業者へ有償で提供している。(3)パーキングAI画像解析技術及びエッジ処理技術を応用した駐車場サービスの本格展開に向けた取り組みを進めている。同社のAIカメラを活用することで、駐車場全体の満空状態だけでなく、どのスペースが空いているかといった詳細な情報を把握できる。
②サイネージ広告関連サービスAIを搭載したカメラとエッジデバイスを使ったデジタルサイネージは、オンラインで一斉に端末の設定を行うことが可能である。また、広告コンテンツを放映しながら、通行人の動きを感知し、視聴情報や人の流れなどの空間情報を各端末がその場で取得する。服装や人数によってユーザーの属性をAIが判定し、視聴情報とともに解析したうえで、施設運営者と広告主に報告される仕組みになっている。収益形態は、大手通信事業者からの、契約に基づいた固定報酬である。主な特徴は、以下の3点である。・サイネージ機器で取得出来る数値・指標の多さ・設置の容易さ・エッジ処理技術の活用
③ファッショントレンド分析関連サービス独自の画像解析エンジンを用いて、SNSなどにおける2,500万以上のファッションコーディネート画像を解析し、ファッションアイテム・色彩・シルエット・素材感などをデータ化する。ユーザーとなるアパレル企業は、そのデータの解析結果に基づいて、ファッション特性を定量化し、MD(商品企画)業務をデジタル化・強化していく。収益構造については、顧客から月次で継続フィーを受領する収益構造を基本とする、ストック型ビジネスとなっている。また、AIの性質上、継続するほどその精度があがることから、顧客は継続利用するインセンティブが働き、同社の安定した収益基盤となっている。
売上の全てを占めるAIエンジニアリング事業の、主な相手先別の販売高と、総販売高に占める割合を表した図が以下である。
図を見てみると、2018年12月期では、婦人アパレルメーカーであるクロスプラスとの取引が全部を占めていたが、2019年12月期を境に、ソフトバンクとの取引が販売高割合の過半数を占めるようになった。これは、ソフトバンクの有する経営資源と事業運営にかかるノウハウ、同社が有するAI技術を活用する新たな事業を共同で開発することを目的として、業務提携を締結したことと深く関係しているものとみられる。婦人アパレルメーカーのクロスプラスや総合ファッションアパレル企業の三陽商会は共に上場企業であり、ファッショントレンド解析関連サービスの大きな需要があることがわかる。
同社が展開するAIビジネス(注)国内市場は成長を続けていて、富士キメラ総研の調査によると、2019年の市場規模は5,301億円となっているが、2030年には2兆1,286億円に及ぶと推定されている。
注:AIを活用した分析サービスをはじめ、AI環境を構築するためのコンサルティングやSI(システムインテグレーション)、AI環境を支えるアプリケーションやプラットフォームといったAI関連ソリューションをAIビジネスとする
加えて、主力事業であるスマートシティ関連サービスの展開にあたって、スマートシティの世界的な市場規模は、米Allied Market Research社の調査"Smart Cities Market by Functional Area: Global Opportunity Analysis and Industry Forecast, 2018-2025"によると、2025年には2兆4,000億ドルになると見られている。また、EY総合研究所の「人工知能が経営にもたらす『創造』と『破壊』」によれば、グローバルでAIサービス市場全体は2030年までに87兆円規模まで急拡大する見込みで、そのうち卸売り・小売り・生活関連・広告・運輸・モビリティ分野は2020年の13兆円から2030年までに53兆円まで拡大すると予想されている。今後、国内海外においてAI関連市場は拡大を続けるものと見込まれており、各産業でAIの実用化に向けた取り組みが進んでいる。 独自のAIアルゴリズムによる画像・動画解析技術を軸に事業を展開している同社にとって、追い風となる市場環境である。さらに、サイネージ広告関連サービスは、デジタルサイネージ市場の動向からも影響を受けている。富士キメラ総研の調査によると、2018年のデジタルサイネージ市場は、1,659億円であり、2025年までに3,186億円まで成長すると推測されている。 しかしながら、市場が成熟していないため、今後、大手企業による新規参入等により市場シェアの構成が急激な変化が起きたり、市場の成長ペースが大きく鈍化した場合には、同社の事業及び業績に影響を与える可能性があるとしている。
同社は大企業からの受託開発を行わず、主体的なAI事業開発を専業としており、独自事業の優位性を追求した経営戦略を打ち立てた。高度なAIサービスの開発・展開を目指すにあたって、以下の3つの優位性を最大限に発揮・強化する戦略を採用している。
①新規事業を開発するビジネス開発力経験豊富なコンサルティングファーム出身者と、世界トップのインターネット企業でプロジェクトや営業の統括経験のあるメンバーが揃う。顧客の委託ニーズを伺う受け身の営業活動を行わないことで、主体的に付加価値を作りだす事業創出と事業展開のみに注力することが可能となっている。また、機械学習についての深い知識を保有している人材も社内にいるため、技術の仕組みを深く理解することで、深層学習で実現できる技術ポテンシャルを正確に把握し、研究開発につなげることが可能となっている。
②豊富な独自AIライブラリとエッジコンピューティング力深層学習の開発では、汎用的なオープンアルゴリズムを転用していない。独自の学習データにより独自の学習モデルを構築し、常に高い検出精度を実現している。大規模なサーバー投資やネットワークへの負担、コストの肥大を伴わない、端末処理(エッジコンピューティング)による深層学習モデルを構築。また、国籍を限定せず、能力を重視した採用を進め、日本の限られたAIエンジニア数を成長の律速要因とせず、博士号を保有するエンジニアや、国際学会で多数の論文発表経験を持つエンジニアを複数擁している。機械学習の知見を有する事業戦略部メンバーと高い専門性を持つ研究開発部のエンジニアが協業することで、実社会に求められる技術を、よりスピード感をもって開発することを可能にしている。有価証券報告書Ⅰの部提出日時点(2020年7月10日)で、7件の特許を取得しており、8件が出願中である。
③大企業とのアライアンス力マッキンゼー・アンド・カンパニーでパートナー(共同経営者)を務め、国内外の多様な企業への法人営業経験を豊富に保有する重松路威によって創業された同社は、AI企業が苦手とする営業活動を戦略的に行える体制を構築している。事業創出にあたり、高度な法人営業力を基に、ソフトバンクのような大手企業のオープンイノベーションを積極的に推進し、レベニューシェアのスキームにて協働することで、AIエンジニアリング事業に不可欠なスピード力と資金力を得るに至っている。
同社では、安定的な成長を図るため、成長性・収益性・効率性を重視している。そのため、売上高、営業利益、売上高営業利益率の3つをKPIとしている。
事業上の対処するべき課題として、以下の4点を挙げている。
①開発体制の強化及び優秀な人材の確保②更なる新規事業の創出③内部管理体制の強化④海外への事業進出
今後は、AIエンジニアの採用及び育成への重点的な投資、独自の成功モデルから得た知見を取り入れた新規事業の発掘と早期事業化、内部管理体制の強化が重要だと考えられる。また、主力サービス分野のひとつであるスマートシティにおいては、新型コロナウイルス感染拡大の影響が緩やかなマレーシアやタイでの事業展開を見据え、基盤整備を進めている。 今後も、特に東南アジア各国の規制や現地ニーズなどに合わせ、効率的かつ効果的な進出を実現することは、同社の成長の鍵となるだろう。
有価証券報告書Ⅰの部によると、2018年の設立から上場に至るまでの約2年半で、3回の資金調達を実施している。また、累計調達額は約9億4,286万円である。
表を見てみると、シード期にはLoco partners元社長の篠塚孝哉氏やPKSHA Technology代表の上野山勝也氏、東京大学エッジキャピタルが出資に参加していることがわかる。また、マッキンゼー日本支社の商品開発研究グループをパートナーとして率いていたミシュースティン・ドーミトリ氏と、篠塚孝哉氏は3回行われた資金調達全てに関わっている。UTEC4号投資事業有限責任組合を運営する東京大学エッジキャピタル、シニフィアン、SMBCベンチャーキャピタル、みずほキャピタル、Deep30といった多数のベンチャーキャピタルが参加している点が特徴として挙げられる。SMBCベンチャーキャピタルは、2020年7月時点の想定時価総額ランキング上位20社に出資している投資家の中で、SBIインベストメントに次いで2番目に多い5社の投資実績を有する。
上場日は2020年8月20日を予定していて、価格の仮条件決定日は2020年7月31日である。上場する市場はマザーズとしている。今回の想定価格は、1,320円である。調達金額(吸収金額)は8.77億円(想定発行価格:1,320円×OA含む公募・売出し株式数664,700株)、想定時価総額181.95億円(想定発行価格:1,320円×上場時発行済株式総数:13,784,000株)となっている。
公開価格:900円初値:5,100円(公開価格比 +4,200円 +466.7%)時価総額初値:702.98億円※追記:2020年8月20日(上場日)
筆頭株主は代表取締役社長である重松路威氏で68.54%を保有する。次いで、東京大学エッジキャピタルが7.36%、SMBC信託銀行が4.78%、千葉功太郎氏が代表を務めるオフィス千葉が3.38%と名を連ねる。過去に東京大学エッジキャピタルは、ドローン開発の自律システム研究所やAI-OCRサービスを展開するAI insideに出資し上場まで導いた実績を持つ。個人では、代表の重松路威氏を含め、全ての出資に参加した篠塚孝哉氏、取締役CTOの佐々木雄一氏、取締役CFOの染原友博氏、取締役COOの周涵氏が名を連ねた。
※本記事のグラフ、表は新規上場申請のための有価証券報告書Ⅰの部を参考