コラム

「攻殻機動隊」の世界に憧れた。LeapMind・松田総一の起業ストーリー

2019-01-17
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
自分の選択が正しいのかどうかわからないから、誰よりも仮説検証を繰り返す

過去を振り返ってみると、あのときの自分の判断が正しかったと思える。あるいは、別の道を選んでおけばよかったと、後悔が募る。そんなことは、生きているとよく起きる。今、この瞬間の選択を「間違っていなかった」と将来の自分が語るために、とにかく走りきる。そうして得られるサンプルをもとに、また選択をする。こたえのない不安や悩みを抱えるような日には、そうして次の一歩を踏み出す。「正しいかどうかなんて、結果論でしかない。だから、僕は走りきることを念頭において、いつも選択してきました」そう語ってくれたのは、LeapMind株式会社(以下、LeapMind)の代表を務める松田総一氏(以下、松田氏)。組込みDeep Learning(*1)を身近に導入するための、トータルソリューション「DeLTA-Family」(*2)と、オープンソース「Blueoil」(*3)を提供している。技術に魅せられて、これまでのキャリアを歩んできた松田氏。いったい、彼の意思決定の軸や判断基準はどのようなものだろうか。詳しく話を聞いてきた。

インターネットの力に感化されて

松田氏のこれまでのキャリアは、新卒で証券会社、その後エンジニアの採用支援を行う企業の立ち上げと続く。意外なキャリア選択のようだが、現在のLeapMind創業につながる、ある想いを抱えていた。

■松田総一(まつだ・そういち) ー1983年生まれ。2011年にエンジニアのスキルを可視化・マッチングするサービスを立ち上げ、シンガポール進出をし、同事業を事業譲渡。 その後、ディープラーニング技術を「コンパクトに、シンプルに」することで誰でも簡単に使えるプラットフォームを作り、複雑で煩雑な最先端技術を社会に還元させ、世の中を一歩先に進めるために2012年にLeapMind株式会社を設立。
松田総一(まつだ・そういち)ー1983年生まれ。2011年にエンジニアのスキルを可視化・マッチングするサービスを立ち上げ、シンガポール進出をし、同事業を事業譲渡。その後、ディープラーニング技術を「コンパクトに、シンプルに」することで誰でも簡単に使えるプラットフォームを作り、複雑で煩雑な最先端技術を社会に還元させ、世の中を一歩先に進めるために2012年にLeapMind株式会社を設立。

松田 「学生時代からデイトレードでお金を稼いでいたんです。会計士の勉強をしていたので、付けた知識を実践に活かそうと思ってはじめました。そしたら、ハマってしまって(笑)。知識があるので証券会社にそのまま入社しました」

仮想空間のなかで無形資産をやりとりする金融の世界。同様の環境に置かれた「インターネット」を利用して、松田氏はほかのビジネスモデルを考えた。それが、エンジニアの採用支援だったという。

松田 「リアルとインターネットの境目が曖昧になる中、インターネットの力を使ったビジネスができるのではないかと考えました。起業当時の2011年は、まだエンジニアの価値がなかなか評価されていない頃。エンジニアのスキルの可視化、採用支援につながるマッチングプラットフォームをつくろうと考えました」

インターネットの可能性。松田氏のチャレンジのきっかけは、技術の進化と共にある。

松田 「当時、エンジニアの技術が正当に評価されず、給料が一律のような状態でした。明確なペインポイントもあったんです」

Deep Learningの技術に心を奪われた

松田氏は、一度創業した企業を譲り渡して、LeapMindは誕生している。想いを持って生み出した企業だというのに、譲渡に踏み切ったのはなぜだろうか。こたえは、Deep Learningの技術に魅了されたからだった。

松田氏は、一度創業した企業を譲り渡して、LeapMindは誕生している。想いを持って生み出した企業だというのに、譲渡に踏み切ったのはなぜだろうか。こたえは、Deep Learningの技術に魅了されたからだった。

松田 「2012年の夏に、企業が技術を競うコンペティション「ILSVRC(ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge)」が開催されたんです。そこでは、各社が画像認識技術を持ち寄っていたのですが、トロントから参加していたヒントン教授らのグループの技術が本当にすごくて」

日本の大企業が、誤認識率50%前後で戦うなか、ヒントン教授らが叩き出した数字は15.3%。1年前の優勝記録の25.7%と比較しても、4割の削減だったという。そして、それを可能にした技術こそが、Deep Learning。ニューラルネットを用いたSupervisionという手法だった。

松田 「Deep Learningの技術は、人類の進化に必要な技術だと確信しましたね。当時はまだ、研究開発段階の技術だったので、ビジネスが成立するかとは考えませんでした。ただ、とにかく技術がすごかった。だから挑戦しようと思ったんです」

松田氏はいつも、人類の進化を促進する技術に興味を持つ。それも、起業するほどのエネルギーを持った、強い強い興味だ。

松田 「なにも決まっていなかったですが、Deep Learningはすごかった。だから、以前の会社は譲渡として、LeapMindに注力することにしました」

憧れたのは、攻殻機動隊の世界

人気アニメ「攻殻機動隊」のなかの世界観。それが、松田氏が目指す、未来の姿だ。日本発で世界と戦えるイノベーティブな企業をつくるために、LeapMindは技術革新に力を入れる。

人気アニメ「攻殻機動隊」のなかの世界観。それが、松田氏が目指す、未来の姿だ。日本発で世界と戦えるイノベーティブな企業をつくるために、LeapMindは技術革新に力を入れる。

松田 「中学生のときにエヴァンゲリオンを観て、その後、攻殻機動隊を観て。人間の機能を拡張した時代がこの先絶対にくると思ったんです。人間の仕事が機械によってなくなるのではなく、機械の力を借りることで3人が1人に、10時間を1時間に。そんな時代が訪れるはずだと」

AIの進化によって、人間の仕事がなくなる。そんな仮説もあるが、松田氏の見解は異なる。AI(Artificial Intelligence=人間の知能の再現)ではなく、IA(Intelligence Amplification=人間の知能の補完やサポート)することによって作られる、より豊かな社会の創造を目指している。

松田 「想いが周囲に理解されるようになったのは『KDDI ∞ Labo』に採択されたタイミングでした。写真を撮影すると、画像を解析して商品を検索し、類似した商品を見つけ出したり、蓄積した情報をもとに最適な組み合わせを提案してくれる『画像検索エンジン』のような世界観をつくろうとしていたところ、セブン&アイ・ホールディングスさんが採択してくれたんです」

実際のところ、採択されたアイデアが実現されたわけではない。採択はされたものの、世界観や技術について深い理解を得られるまでには時間もかかった。ただ、認知拡大の大きなきっかけになった。テレビにも取り上げられて出資も集まるようになったという。

松田 「採択の後、2015年には、量子化技術によってよりDeep Learningが身近な存在となりました」

これまでDeep Learningには、処理力の制約、データの重さ、ハードウェアの大きさ、半導体の価格などの問題が存在した。たとえば、AIを搭載して中の物を判別する高性能な冷蔵庫を販売したとする。機能は画期的だが、データ処理を行うためには多大なコンピューティングリソースが必要だ。導入するためには、消費電力やコストが重要な課題となり、現実的ではなかった。

松田 「技術の発達によって、その課題もだんだんと解消されつつあります。ただ、僕らがLeapMindとして挑戦しているのは、ニューラルネットワークモデルの改善や独自のアルゴリズム研究をソフトウェアとハードウェアの両軸から行うこと。片方の課題だけ解消しても、Deep Learningが抱える課題は解決できないですから。両軸での開発は、未踏領域だったので、常に手探りでしたね」

過去を振り返るからこそ、今の決断ができる

LeapMind創業後、松田氏が一番苦しかったこと。それは、周囲からの共感を得られないことだった。将来きっとくるであろう世界があるのに、理解されない。世界のなかでひとりぼっちのような、そんな気分を抱いたという。

LeapMind創業後、松田氏が一番苦しかったこと。それは、周囲からの共感を得られないことだった。将来きっとくるであろう世界があるのに、理解されない。世界のなかでひとりぼっちのような、そんな気分を抱いたという。

松田 「世界がこれから、自分の想像している方向に進むことはわかっているんです。ただ、それを伝えることができない。たとえ伝えられても理解してもらえないことがとても苦しかったです。伝え方を試行錯誤しながら、少しずつ方向をすり合わせていたように思います」

人は、理解を求める。承認されないことの心の痛さは、思っていたよりも大きかった。だから、伝えるために、松田氏は学び続けた。

松田 「書籍やオンライン教材などを利用して、考え方・伝え方についてとにかく学びました。得た知識を実践して、検証して、と繰り返していました」

時には間違った判断をすることもある。ただ、松田氏はそれらをただの結果論だと捉える。だから、余計に落ち込むこともなければ、過剰に喜ぶこともない。

松田 「人は、過去を振り返って、未来を予測することでしか、今時点での決断はできません。この選択が正しいかどうかなんてわからない。だから、自分の決断を信じて、決めたら走りきる。そうしてここまで来ました」

数多くの判断があるからこそ、過去の経験則に基づいた判断ができる。だから、サンプル数を増やす。松田氏はそうして、自分の判断の精度を高めている。

松田 「短いスパンでの判断を繰り返すんです。できれば1週間くらいで、長いときでも3ヶ月くらい。解像度の粗さによって決断のスパンを変えたら、あとは量をこなすことで力がつきます。筋トレみたいなものですね」

まずは、ビジョンを映像に落とし込むことから

これから、LeapMindやDeep Learningが描く未来。きっとそれは、松田氏が思い描いた攻殻機動隊の世界のように、人と技術とが交わることでより便利になる未来なのだろう。

これから、LeapMindやDeep Learningが描く未来。きっとそれは、松田氏が思い描いた攻殻機動隊の世界のように、人と技術とが交わることでより便利になる未来なのだろう。

松田 「Deep Learningの技術は、今はある程度限界値が見えはじめています。これからは、AIのなかでも新たな技術が発達していくでしょう。その先にどんな世界が見えるのかは正直なところわかりません。ただ、人の入り込めない宇宙空間、ボイラー、森林、海底などで使えるような技術に発展したら、より便利ですよね」

また、世界と戦うための準備も万端だ。これまでの技術をオープンソース化することで、マーケットを広げることも目標のひとつだという。そんな松田氏に、これからスタートアップを起業する、入社する人々へ向けたメッセージを伺った。

松田 「スタートアップの起業で一番大切なのは、ビジョンやつくりたい世界観を、頭のなかでクリアな映像にすること。クリアであればあるだけ言語化ができますし、今の世界との差分も明確に見えますから。事業計画よりも先に、ビジョンを映像にする。その映像が社会に与えるインパクトがあれば、それは起業するべき事業なのだと思いますよ」

不安で足が止まる。失敗を恐れて次の一歩をためらう。そんなときには、どうか思い出してほしい。走りきることを決めて、6年間 、Deep Learningと共に走り続ける松田氏の想いを。歩みを進めることをやめてしまったらゼロになる。でも、進み続ければ、いつかは報われる日がくるかもしれない。だからこそ、自分の選択を信じて走り抜く。走りきった先にはきっと、こたえが待っている。自信がなくなってしまいそうな日には、そんなふうに、少しだけ前を向いてみてはどうだろうか。

*1:ディープラーニングモデルを小型デバイスなどの組込みハードウェア向けに最適化する技術。*2:組込みディープラーニングの導入に必要な、データ作成、モデル構築、ハードウェア実装までを提供するトータルソリューション。*3:ディープラーニングモデルの極小量子化、低消費電力なFPGA上での動作に必要なランタイムなどを、世界中の技術者の方にお使いいただき、当分野を発展させることを目的にオープンソース化したソフトウェアスタック。

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:三浦一喜

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