テクノロジーとビジネスは、卵が先か? 鶏が先か? どちらかが発展すればもう片方が引っ張られる。
とくに2000年以降はその傾向が強く、eコマース・クラウド・AIなど次々にトレンドが移り変わっている。
「技術力に優れている」と言われた日本も今は昔。2010年代にはGoogle・AppleなどのメガITや、中国企業などの台頭が重なり、日本企業は常に後続気味だった。
日本企業が再び世界で活躍するためには、どのような心構えが必要なのか? そこで、KDDI株式会社(以下、KDDI)でオープンインキュベーションに携わる中馬和彦氏に話を聞いた。
中馬氏が責任者を務める「KDDI ∞ Labo」は約10年間、大手企業・スタートアップ・官学と事業を共創しているプラットフォーム。プログラムに参加する企業は物流・マスコミ・IT ・金融・不動産・製造業など多種多様で、各企業が培ってきたノウハウをもとにスタートアップを支援している。
日本におけるオープンインキュベーションの旗手・中馬氏は、どのように産業の未来を見据えているのだろうか?
中馬氏が責任者を務める「KDDI ∞ Labo」はどのような組織なのだろうか? その創立は2011年に遡る。
中馬 「2011年はiPhone 4Sが登場し、日本で本格的にiPhoneが普及し始めた頃です。スマホ時代が到来すると、社内にとある危機感が芽生え、それが『KDDI ∞ Labo』創設の契機になりました。 それ以前の『ガラケーの時代』は、通信キャリアが『iモード』や『ezweb』など独自のモバイルPFサービスを提供していました。OSもキャリア主導で開発され、すべての情報がキャリアを経由する構造でした。 ところがスマホが普及すると、OSがAppleやGoogleのものとなり、アプリの配信も彼らにコントロールされるようになりました。モバイルビジネスのイニシアティブがキャリアからAppleやGoogleに移行したのです。 そのため社内では『このままでは通信を提供するだけの土管屋になってしまう』という危機感が原動力として生まれていました」
そこでKDDIはアクセラレータープログラム「KDDI ∞ Labo」を設立し、アプリ事業者を中心にスタートアップへの能動アプローチを開始。その後、スマホ市場が成熟し、アプリ市場の飽和とともに、その支援対象をリアルテックやアプリ以外のサービスにシフトしていった。
プロジェクトが純粋なネットビジネスからリアルとの連携ビジネスへと移行するに伴い「通信会社単体で提供できるアセットに限界がある」という理由から、賛同する大企業を巻き込んだエコシステムへと発展する。2014年7月にはパートナー連合プログラムを設立。現在パートナー企業は34社を超えるという。
「KDDI ∞ Labo」の支援分野はエンターテイメントやモビリティ、ワークイノベーションなど多岐に渡るが、「今後、5Gが全ての分野に大きな変化をもたらすかもしれない」と中馬氏は話す。
中馬 「5Gは2020年から開始される第5世代移動通信システムのこと。現行の4Gと比べてデータ通信量が20倍、データ遅延が1/10になり、基地局ひとつあたりに繋がるデバイスの数が10倍になります。 5Gが普及すれば、AR・VRなどの大容量コンテンツが配信可能となり、公共交通機関やドローンの自動運転も実用化しやすくなる。 5G時代が訪れれば、ありとあらゆる『モノ』がインターネットに接続され、人々は無意識にデジタルテクノロジーの恩恵を受けるはず。 4G以前のネットビジネスはインターネットの中に限定されていたが、5G時代は『リアルとネットが融合して新しいビジネスがつくれるか?』がテーマになるでしょう」
近い将来、インターネットとモノがシームレスにつながる世界がやってくる。だからこそ「リアルなアセットを持つ大企業と、アイデアや技術を持つスタートアップの連携が必要」と中馬氏は話す。
中馬 「5Gが普及し、IoT化が進むと、世の中にあるリアルなアセットは異なる意味を持つようになります。たとえば、Amazonが実験的に実店舗を始めていますよね。あのケースでは電子会計でレジを無くし、カメラやセンサーを活用して顧客の導線をデータ化し、ユーザー情報との紐付けを行っている。 ユーザーの情報と紐づくのでマーケティングなどの精度も格段に上がるでしょう。デジタル技術がモノに新しい意味と役割を与えたのです。 こうした現象の根幹になるのが既存のリアルのアセットです。デジタルはモノに新しい意味を与えますが、店舗や車、製品など、リアルのアセットがなければ意味づけもできません。 日本では、店舗や流通網などの8〜9割は大企業が所有している。しかし、日本の大企業が今から新しいビジネスモデルを生み出してGAFAの領域に入り込むのは難しいでしょう。だからこそ、技術とアイデアを持ったスタートアップの存在が必要不可欠です。 リアルのアセットを保有する大企業と、新しいビジネスモデルを生み出すスタートアップ。両者が共創することでイノベーションが起こせるのです。リアルの時代の覇者は名だたる日本企業、デジタル時代の覇者はGAFAやアリババ、テンセント。ですが、リアルとデジタルが融合するこれからの時代の覇者はまだ決まっていません」
リアルアセットとデジタルの融合は、5G以降さらに加速していくだろう。「KDDI ∞ Labo」はその中核を担おうとしている。
5G以降、日本の産業は新たなフェーズへ以降していく。ARやドローン、IoTなどの技術が新しい産業を生み出していくだろう。しかし、新天地を狙っているのは国内企業だけではない。中馬氏は、「急激に存在感をましている中国や東南アジアなど海外企業の存在を考えると、残された時間は少ない」と話す。
中馬 「首都圏では5Gインフラが先行整備され、2022年までにAR・ドローン・IoTをはじめとした新しいサービスや事業が立ち上がるでしょう。2022年以降は地方でも5Gインフラが整備されていくはずです。 懸念しているのは、海外企業のスピード感です。5Gのような新しい通信システムの導入は全世界で同時進行しています。今後、テクノロジーの進歩が生んだ新天地を巡って、全世界の企業がイニシアチブを取り合っていくでしょう。 この競争のなかでポイントになるのが大企業の存在です。日本やアメリカでは歴史の長い企業が多く、シェアを競い合う大企業が同業界に複数存在しています。たとえば、アメリカではウォルマートがAmazonのリアル進出を阻んでいますよね。 日本やアメリカの都市部は良くも悪くも、適度に便利なんですよ。石を投げればコンビニに当たる状況ですし、ATMはどこでもある。一方で、目覚ましく成長している中国は歴史が浅く、目立った大企業が存在していません。だからこそ、アリババやテンセントがリアル経済でも存在感を発揮しつつあります。 国内の競合関係だけに目を奪われていてはいけません。組織の大小や競合関係などの枠組みを超え、海外の企業に対抗できなければ、あっという間にイニシアチブを取られてしまいます。タイムリミットは2022年くらいまでかと。残された時間は少ないのです」
中馬氏は5G以降の環境でイニシアチブを取るために「新しい産業カテゴリの創造が必要では」と話す。
中馬 「既存の産業カテゴリーを前提とするとホワイトスペースはニッチにしか存在しないため、既存カテゴリーの壁を取り払い、産業の垣根を越えた新たな産業カテゴリーを作る必要がある。そうすることで、ブルーオーシャンを生み出すことにもつながっていきますから。 本来であれば、リアルとネットを組み合わせた5G時代のグローバルスタンダードを作らないといけない。誰よりも早く作って、世界に打って出る。今ならまだ間に合いそうなんです。『ニッチマーケットで共創しよう』ではなく『実証実験をしよう』でもない。『出島で実験して、失敗したら橋を落とす』」
既存の産業を壊すのではなく、既存産業のアセットを活かし、統合して新産業を生み出す。これが中馬氏が考える生存戦略だ。しかし、そのためには国内のカニバリゼーションをタブーとせず、積極的にアライアンスモデルを構築しなければならないだろう。
それでは、と疑問が湧く。変革を起こすことに抵抗感のある企業も存在する。そのような企業は、今後どうすれば環境の変化に対応できるのだろうか? 中馬氏に疑問をぶつけてみた。
中馬 「まずは『既存事業を維持、拡大するためのKPI』と『新規事業を作り出すためのKPI』は違うものだと理解してください。組織全員の考え方を変えようとか、まるごと変革しようと考えるのは得策ではありません。 もともとはKDDIも縦割りの組織で、融通が効きにくい側面もありました。考えてみればそうですよね。インフラの会社にいるメンバーがみんなイノベーティブな考えの持ち主だったら、電話やネットの安定した運用は難しかもしれない、電気や水道も止まりますよ(笑)。だから企業全体が丸ごと変わる必要はないんです。 新たなイノベーション創出に、過去の経験やノウハウは必要ないかもしれません。これだけ変化の激しい時代においては過去にとらわれない発想やチャレンジが重要です」
多様な人材を確保する、社内でさまざまな部署を横断させるなど、具体的な方法はいくつも考えられる。現にKDDIでは各部署のエース人材を「KDDI ∞ Labo」に招き、プロジェクトに参加させているという。
ここでもう1点、変革に成功した企業のノウハウを真似することも重要だと中馬氏は語る。
中馬 「ショートカットができる時代なので真似をすればいいんです。KDDIではここ10年、さまざまなトライアンドエラーを重ねてオープンイノベーションの推進体制を築きあげてきました。 そして、その活動の先に『KDDI ∞ Labo』を社長室直轄にして、全社がオープンイノベーションで駆動する組織への転換をトライしようとしています。でも後発はそんな苦労はしなくていいんです。 ITのイノベーションで、コードもドラッグドロップで再現できる時代です。ノウハウは真似してしまえばいいので、むしろ後発の方が効率よく始められる時代かかもしれません。 一方で、スタートアップ側も大企業と共創する覚悟が必要でしょう。これは僕の印象ですけれど、スタートアップはドメスティックかつニッチ市場での成功をゴールとしている方が多いように感じます。 東南アジアで生まれるスタートアップの多くは、海外への事業展開を前提に生まれています。ところが日本のスタートアップは、国内で上場したら満足してしまうケースを多く拝見します。 シンプルに『それでいいのか?』と問いたい。『社会を変えるために事業を始めたんじゃないのか?』と。ぜひに目線を上げて、社会に大きな影響力を、そしてまったく新しいスタンダードを生み出していただきたいと思います」
大企業には大企業の課題が、スタートアップはスタートアップの課題がある。それを解決するための方法が共創なのだろう。中馬氏率いるKDDIビジネスインキュベーション推進部では、共創を進めるプログラムを展開しているそうだ。
中馬 「基本的な姿勢として、僕たちは『我々がアセット提供すれば伸びる』と感じたスタートアップであれば、領域に関係なく支援するようにしています。また、ラボとスタートアップに上下関係が生まれないよう配慮しています。スタートアップと支援企業はパートナーとして対等なのが大原則なので。 もし下請けのように『あれやって、これやって』とやっているメンバーがいたら、きつく叱っていますね。 支援先のスタートアップに対しても『100円であっても資本関係を持てば、支援金額によらずにKDDIのアセットを使い倒してください』と伝えているんです。 この話をするたびに『なぜそんなにボランティアみたいにできるんですか? 裏があるんじゃないですか』と聞かれるんですよ(笑)。 裏はないんですけど合理性はあって。通信事業社は、世の中のデジタル化を加速すると生業とするインターネットの世界が拡がるため、間接的にビジネスチャンスが生まれるため短期の利益を追求することなく支援しています。だから、支援を求めているスタートアップは安心してKDDIにご相談ください」
過去2回、近代日本は爆発的な成長を見せた。1度目は明治維新、2度目は戦後。いずれも諸外国の圧力がきっかけで、国全体が一丸となって行動していた。
2020年以降に起きる変化は、3度目の成長のチャンスになるかもしれない。中馬氏の言うように残された時間は少ない。今こそ団結のときなのだろう。
取材:BrightLogg,inc.執筆:鈴木しの編集:鈴木雅矩撮影:小池大介