VCの業界団体である日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)は2019年7月、会長を交代した。前会長の仮屋薗氏に代わって会長を務めるのは、インキュベイトファンドの赤浦徹氏と伊藤忠テクノロジーベンチャーズの中野慎三氏。日本のベンチャー業界を黎明期から投資家として見てきたふたりだ。今回は新しく代表となり、これからのスタートアップ業界を牽引するおふたりに、今のベンチャー業界の現状と、これからの展望について話を伺った。
ほぼ同時期に投資家としてのキャリアをスタートさせ、20年ほどの付き合いがあるというおふたり。20年前と今ではベンチャーのエコシステムはどのように変わってきたのだろうか。
中野「マザーズやNASDAQ JAPANといった新興市場ができたのが1999年で、それからVCを始めとするスタートアップのエコシステムはものすごく変わりました。それ以前は日本合同ファイナンス(現:JAFCO)など、日本のVCは限られたプレイヤーしかいなかったのです。未公開企業にしても同族企業などの社歴の長い中小企業が多く、相続対策のために上場するような時代でした。VCの役割も当時は事業承継が大きかったと思います。 2000年初頭にネットベンチャーが台頭してきて、バブルを繰り返しながらも、その度に層も厚くなって独立系のVCやCVCも増えてきました。しかし、増えたと言ってもアメリカに比べればまだ数十分の1です。日本はまだまだキャピタリストの量も質も足りません。そんな課題への解決策として、私達はキャピタリスト研修を行っており、今まで1200名以上の方が受講してくださいました」
なぜ日本には経験豊富なVCが少ないのだろうか。
赤浦「投資家はスタートアップ経営者を、いいアントレプレナーか判断して投資をします。しかし、実は投資をしてからのほうが大変なのです。スタートアップをゼロから成長させなければなりません。そこに対して、起業家と同じ目線で支援できる人は多くないのです。最近は日本でもイグジットした起業家が増えて、エンジェル投資をする方も増えましたが、まだ少ないのが現状です。アメリカのようにイグジットした後に投資家になる起業家が増えることを期待しています。 また、投資家になるためのもうひとつのハードルがファンドレイズです。キャピタリストになるためには、資金集めをしなければなりません。起業家と同じ様に資金調達できなければ何も始まらないのです。しかし、トラックレコードがなければLPからお金を預けてもらえないですし、お金を集められなければ実績も作れないという鶏と卵のような問題も存在します」
ではおふたりはいったいどのように、最初の実績を作ったのだろうか。
中野「私がITVを立ち上げた頃は、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の上場直後で、伊藤忠といえばITという時代でした。その伊藤忠がVCを始めるという、大きな波を最大限に活かして、私はキャピタリストとしてのスタートを切れました。もちろん苦労もありましたが、大きな波に乗れたことが、最初の実績づくりには役立ちましたね」
赤浦「私はジャフコに入った1年目から、いつか独立することを決めていました。そのため、応援している社長に『いつかVCとして独立するから出資してほしい』と言っていました。そのうちのひとりが実際にLP出資をしてくれて、最初から33億円のファンドを立ち上げることができたのです」
話題は今後のJVCAの話に。代表になったばかりのふたりは、これから次の3つに注力するという。
1.機関投資家から年間1,000億円の投資マネーを流入させる素地をつくる2.大企業のM&Aの促進3.官民連携しての”デカコーン”の創造
赤浦「日本ではスタートアップへの投資額がアメリカと大きく違いますが、その要因のひとつは機関投資家のお金です。日本で機関投資家のお金がVCに流入していない要因は、いくつかございますが、各VC毎に時価評価基準が異なるため、機関投資家が比較検討しづらいことが大きいです。そのため、前会長の仮屋薗さんの時代からVCの基準を揃える動きをしてきました。今もディスクロージャースタンダードの確立に向けた取組や、さまざまなVCと連携しながらのベンチマーク作成にとりかかっています」
中野「実は機関投資家のお金というのは2000年当時、日本のVCにも投資されていました。しかし、リーマンショックをきっかけに流入しなくなってしまったのです。まずはディスクロージャースタンダードなど、求められる条件を整えて、機関投資家の資金が拡大する事を期待しています」
2つ目の大企業のM&Aを増やすためにはどのような打ち手を考えているのだろうか。
中野「大企業向けにも啓蒙活動を行っています。先日も世界のCVCを研究しているヨーロッパの大学教授を呼んで講演をしていただきました。今は世界的に見てもCVCは増えていますし、日本でも増えています。これまでも国内でCVCを作る動きが活発になったことは何度かありましたが、今回はこれまでのブームとは違うように感じています。 これまでは『ITバブルだからうちも投資しなきゃ』という、勢いによる投資でした。しかし、今回はどの企業も危機感をもって真剣に取り組んでいますね。GAFAが代表するように、各業界でITによるディスラプトが起きているので、うかうかしていられない大企業も多いのではないでしょうか。各社の本気度を表すように、投資金額も大型化しています」
赤浦「CVCブームという話の他に、大企業の内部留保が増えていることも、M&Aを増やす追い風となっています。社内に溜まったお金を使う選択肢として、新規事業やCVCの他にM&Aに使ってもらえるようにしていかなければなりません。そのために今必要なのは、事例ですね。KDDIとソラコムのような大型の買収事例が増えれば、これから大型の買収も増えていくことでしょう。」
中野「M&Aは大企業に未公開企業をもっと買ってと言って増えるという話ではありません。しっかりM&Aの価値を理解してもらわなければ、大企業はM&Aをする発想にならないのです。海外では、もともと企業を買収してタレントを集める文化がありました。シスコにしてもGoogleにしても、M&Aをすることで優秀な社員を集めています。 しかし日本は、サラリーマンが出世して社長になるといった経営スタイルが長く続いています。まずはその文化を変えて、優秀な人材を社外に求める価値観を作らなければ、VCがいかに買収を提案しても意味がないといえます。また、M&Aは中長期投資です。CVCで2、3年で結果が出ないから止めようという考えでは、買収による事業開発まで行き着きません。CVCの取り組みには、中長期の戦略が不可欠なのです」
3つめのデカコーンを作るための官民連携についても話を聞いてみる。
赤浦「日本はユニコーンではなく、デカコーン(評価額100億ドル以上の未上場企業)を作らなければなりません。私の立場からは、官民一緒になってえこ贔屓をしてでも、そのような成功事例を作る必要性を感じています。JVCAでも政策部会を作って国への提言活動を行っていきたいと思っています。 新しい産業、勝てるスタートアップを創出するには法律を整える必要があるケースもあるかもしれません。アメリカには昔からVCの協会があって、政策提言をしてきました。これからは、VCが政治とも連携しながら環境を整えていかなければなりません」
これからJVCAのトップとして、スタートアップ業界を盛り上げていくおふたりに、スタートアップを踏み出そうとしている方へのメッセージをもらった。
中野「チャレンジするのが怖いのは、チャレンジして失敗した時の恐怖があるからです。日本でなぜ失敗が怖いかというと、人材の流動性が低いため。アメリカは大企業を辞めて、もし失敗してもまた戻ることができます。人の循環ができているため、起業したりスタートアップに転職するハードルは高くありません。 日本では、まだまだ大企業を一度辞めてしまうと簡単には戻れない環境になっていると思います。大企業にもっと人材の流動が起きれば、それがセーフティネットになって、チャレンジのハードルも下がると思います。日本でもトヨタやホンダが中途採用を拡大して、新卒至上主義から脱しようとしているのを見ると、これから日本も変わっていきそうですね。それによってもっと多くの方がチャレンジできるようになればと思います」
赤浦「平家物語に『猛き者もついには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ』という詞がありますよね。成功しても失敗しても全ては風の間の塵のようなものです。だからこそ、まずは行動を起こしてみなければ意味がありません。私もそういう思いで投資家のキャリアをスタートさせました。どうせみんないつか死ぬのです。成功も失敗もどうせ誤差の範囲なのですから、チャレンジして少しでも大きなインパクトを残したほうが勝ちですよ」
20年前からキャピタリストとして第一線を走ってきたおふたり。VCは志がなければできないと語る。それでも長年用意してきたことが、これから実を結ぶことになる。失った日本の30年を、ふたりはこれから取り戻すつもりだ。スタートアップにとって大きなチャンスが訪れることになるだろう。
執筆:鈴木光平編集:Brightlogg,inc.撮影:戸谷信博