イノベーションとビジネスの力で社会課題解決を──2021年4月、株式会社三菱総合研究所は、従前からあったふたつの組織を統合し、新会員プラットフォーム、未来共創イニシアティブをスタートさせた。
会員数は550超。「スタートアップ」「大手企業」「自治体・官公庁」「大学・研究機関」など多様なプレイヤーが名を連ね、共創を前提とした独自のエコシステムを築いている。
未来共創イニシアティブが活動の基軸のひとつとして挙げているのが、スタートアップの育成だ。主に「ウェルネス」「水・食料」「エネルギー・環境」「モビリティ」「防災・インフラ」「教育・人財育成」の6分野において、社会課題の抽出から社会実装に向けた検討、取り組みを実施している。
さまざまな規模の企業、団体があるなかで、なぜスタートアップに着目し支援しているのか。事務局長を務める須崎彩斗氏にお話を伺った。
国内屈指の総合シンクタンク、三菱総研。まずはその事業内容について簡単に触れておきたい。
同社の事業の柱はシンクタンク、コンサルティング、ITソリューションの3つ。関わる領域は、企業経営から社会インフラ整備、教育、医療・福祉、環境・エネルギーなど実に幅広い。気候変動や感染症、少子高齢化等、世界が複雑且つ多くの課題に向き合うなか、総合シンクタンクとして、さまざまな社会課題の研究と解決に取り組んでいる。
須崎「2020年に迎えた創業50周年では経営理念を刷新。あらためて『社会課題を解決し、豊かで持続可能な未来を共創する』ことをミッションとしました。
SDGsやESG経営など、持続可能な未来へつなぐビジネスの在り方が問われるなか、いち企業として主体性を持って社会課題を解決していく。そんな当社の“決意”が込められています」
未来共創イニシアティブが設立されたのは、2021年4月。新型コロナの感染拡大によって、これまで認識はされていたものの、適切な対応が取られてこなかったさまざまな社会課題が顕在化し、早期解決への機運が高まったことも追い風となった。もともと三菱総研内にあった「プラチナ社会研究会」と「未来共創イノベーションネットワーク」がその前身となっている。
須崎「プラチナ社会研究会は、持続可能な社会を目指し、地球環境問題や超高齢社会などの課題解決を自治体や企業の会員と進めてきました。一方、未来共創イノベーションネットワークはイノベーションとビジネス、スタートアップ育成を目的に活動。アプローチは違えども共に『社会課題解決』と『共創』を掲げていたのです」
ふたつの組織を統合した未来共創イニシアティブは「大手企業」「スタートアップ」「自治体・官公庁」「大学・研究機関」がほぼ4分の1ずつバランスよく参加する理想的な会員プラットフォームとなった。
須崎「企業、研究機関、自治体など多彩なプレイヤーが枠を超えて協働し、さまざまな社会課題の解決に取り組む。集結させた力を最大化しながら、オープンイノベーションを生み出す…。未来共創イニシアティブが目指しているのは、こうした『コレクティブ・インパクト』の創出です。
私たちは、『コレクティブ・インパクト』の創出に向けて、プレイヤー同士をつなぐ触媒やプロデューサー、アクセラレーター、ファシリテーターなど場面に応じたさまざまな顔を持っており、支援をおこなっています」
未来共創イニシアティブでは、単にネットワークを提供するわけではない。会員が掲げる社会課題テーマの解決に向け、これをアクセラレートしていく支援を指す。具体的には、社会課題の抽出からディスカッション、解決策の収集、プロジェクトや研究会などを通じた事業アイデアの創出や事業化に向けての社会実装へと進めていく流れだ。たとえばこの流れの中で、ルールや規制の緩和・見直しが必要であれば、こうした機運の醸成や関係者に働き掛けを行なうなど、実装に向けた下地を作るのも役割のひとつだ。
また、目指すべき未来社会の姿と現状の姿とのギャップを社会問題としてリストアップし、その中から、解決すべきインパクトの大きな社会課題を設定、これを6分野(①ウェルネス、②水・食料、③エネルギー・環境、④モビリティ、⑤防災・インフラ、⑥教育・人財育成)ごとに整理・一覧にした冊子『イノベーションによる解決が期待される社会課題一覧(通称:社会課題リスト)』の提供もしている。
より大きなコレクティブ・インパクトを創り出すためには、具体的にどのような要素が必要なのだろうか。そう尋ねると、須崎氏は即座に「社会課題の解決に取り組むスタートアップ」を挙げた。
須崎「新規性の高いアイデアや技術、社会課題をビジネスで解決したいという熱意。そして、壮大な目標に向かって成長を目指す圧倒的なスピード感…スタートアップにはこのうえない魅力を感じていますし、未来共創イニシアティブにとって必要不可欠な存在です」
実際に未来共創イニシアティブでは、多角的なスタートアップ支援を展開している。その代表的な取り組みが「ビジネスアクセラレーションプログラム」だ。具体的には、年に1回国内外のスタートアップから社会課題解決型ビジネスを募集。採択された事業は、三菱総研の研究員がメンターとなりブラッシュアップを行う仕組みだ。同プログラムは今年で7回目を迎え、12月に最終審査会を終えたばかりだ。
須崎「参加企業から度々寄せられるのは『私たちの技術に対して、こんなに深く理解を示してもらったことはなかった』という声。当社はその成り立ちから、科学技術やIT、システムに詳しい理工系卒の研究員が多いのです。
特に大手メーカー出身のエンジニアや大学教授などが起業したスタートアップからは喜ばれていますね」
単に参加企業の話を傾聴するだけでなく、業界に精通した三菱総研研究員による、業界・事業分析やビジネスモデルの構築、販路開拓、外部ネットワーク連携といった事業化に必要な知見・ネットワークが提供できるのも魅力のひとつだ。
未来共創イニシアティブではこのほか、会員プラットフォームならではの特性を活かしたスタートアップ支援も行っている。
須崎「各会員が心に抱く社会課題をどう解決していくか。その具体策について、スタートアップと共に考える場を積極的に設けています。さまざまな課題に触れながら、視野を広げ、自社事業の可能性を高めてもらうのが狙いです。
事業のスケールだけでなく、その範囲や成果を定義する“スコープ”の面においてもサポートするのが、私たちのスタイルなのです」
支援は検討フレームを導入するところも担う。自社事業や活動の成果が社会にもたらすインパクトを短期・中期・長期的視点で定量的・定性的に可視化。シンクタンクならではの目線で社会への波及効果を最大化するべく必要な戦略立案をサポートする。
加えて、新規事業を社会実装するにあたっては、関連する法制度の理解や解釈が必要となる。未来共創イニシアティブでは三菱総研が長年培ってきた官公庁ネットワークも活用しながら、時に仲介役となってスタートアップをバックアップするケースもある。
ここで、未来共創イニシアティブが支援する企業を1社ご紹介したい。東京大学発のスタートアップ・Lily MedTechだ。“女性に優しい乳がん検診”を実現すべく、乳房用リング型超音波画像診断装置「COCOLY(ココリー)」を開発。2021年5月より国内の医療機関に向けて販売している。
須崎「乳がん検診は視触診・X線撮影(マンモグラフィー)、超音波検査の3種を組み合わせることが推奨されていますが、痛みや精神的苦痛、被ばくを伴います。乳がんの国内罹患者数、死亡者数が年々増加しているにもかかわらず、欧米諸国や韓国に比べて受診率が低いのは“検診への根強い抵抗感”が一因だとされています。
一方、Lily MedTechが開発した『COCOLY』はベッドでうつぶせになり、穴に乳房を入れるだけで検診が完了。超音波のため被ばくの心配もなく、乳腺密度が高い方の検診に適しているのも大きな特長です。
“受けやすい乳がん検診のスタイル”を確立することで健康リスクを低減し、女性がより活躍できる機会を増やす…当社はLily MedTechの目指す方向性に賛同し、出資・提携を通じて製品開発を支援してきました」
加えて須崎氏は、Lily MedTechをはじめ、未来共創イニシアティブが支援するスタートアップは‟個人の原体験“が発端となり、起業しているケースが多いと話す。
須崎「社長の東志保さんは、17歳のときにお母さまを悪性の脳腫瘍で亡くされていて。懸命に看病したものの、1年半で他界してしまったそのときの無念さがこの起業につながっています。彼女の『母親現役世代の女性と、そのご家族を乳がんから救いたい』という熱意にも大変心を動かされました。どんな社会課題をどのように解決したいのかが明確な企業は強いですよね」
未来共創イニシアティブでは、同社と大手衣料品メーカーのワコールと乳がんに関する共同アンケートを実施、その結果を公表、メディアからの取材にも対応し、乳がん健診への理解と受診に関する啓蒙を通じて、同社の事業展開を側面支援する取り組みもおこなってきた。
2021年12月現在、未来共創イニシアティブではウェルネスや女性活躍支援のほか、介護や防災に関わるスタートアップのサポートにも力を注いでいる。シンクタンクならではの中立・客観的な分析や考察を強みに、社会課題解決につながる共創を数多く生み出したい、と須崎氏は意気込む。
「すべての会員とフラットな関係で共創していきたい」こうした想いから“イコールパートナー精神”という言葉を、未来共創イニシアティブのビジョンに盛り込んだと話す須崎氏。2017年から会員プラットフォームに携わっている彼は今、スタートアップとどのような関係性を築いているのだろうか。
須崎「一言でいうと、社会課題を共に解決する対等な仲間ですね。
今振り返ってみると、確かに最初はスタートアップ特有の言葉遣いや服装に戸惑いを感じていた部分もありましたが(笑)」
マルチステークホルダーが参加するオープンイノベーションで、社会課題の解決、社会実装、コレクティブ・インパクトの創出を目指す、未来共創イニシアティブ。特にスタートアップにおけるパートナーを増やすために、須崎氏が活用しているのがSTARTUP DBだ。このデータベースでは、13,000社以上のスタートアップ情報を閲覧することができる。
須崎「STARTUP DBには、運営するフォースタートアップス株式会社が、実際にスタートアップと接して得た“生の声”がしっかりと盛り込まれていると感じます。決してどこかで見たような、寄せ集めの情報ではない。
加えて、フォースタが展開する事業についても、強い関心を寄せています。特に地方に向けたイノベーション事業はとても興味深い。いつか連携できたらいいですね」
須崎氏の一挙一動に宿る、イコールパートナー精神。それは、私たちにも等しく向けられていた。
インタビュー:福嶋聡美
撮影:加藤秀麻
スタートアップエコシステムにおける事業会社や投資家などのエコシステムビルダーの皆様と、国内スタートアップに対して、それぞれが信頼できるパートナーとのアライアンス機会の創造をサポートする法人向けプラン。
また、成長産業に特化した情報プラットフォーム「STARTUP DB」内のさまざまな機能をアップグレードしてご利用頂けます。