ここ数年、右肩上がりに市場規模が拡大している国内のSaaS市場。市場に参入するスタートアップも増え、大きな資金調達を行う企業も現れてきている。今後SaaS市場はどのように変化していくのだろうか?今回話を伺うのは、SaaS分野で日本一の投資実績を持つ投資家として、起業家に支持を得ているDNX Venturesの倉林陽氏だ。倉林氏は、これまでにSansan、マネーフォワード、チームスピリットといった業界リーダーを含む50社以上のSaaS/Cloudスタートアップへの投資実績を持つだけでなく、現在もフロムスクラッチ、オクト、カケハシといった数多くの有望スタートアップの社外取締役にも名を連ねている。今回はテーマをふたつに分け、「投資家としての仕事の哲学」と「成功するSaaS企業の条件」について聞いてみた。倉林氏の知見は示唆に富んでおり、SaaSスタートアップでなくとも参考になる点が多い。起業家諸氏はぜひご一読いただきたい。
1997年に新卒で富士通に入社した倉林氏。当時の新卒市場では金融業界が人気を集めていたが、「自分の腕次第で未来を築ける」ことに惹かれIT業界を選んだ。
倉林「富士通というのは日本におけるCVCのはしりで、日本のITベンダーの中で先駆けてコーポレートベンチャーキャピタルを作った会社です。 私がなぜVCの世界に足を踏み入れたかと言うと、アメリカのVCがとてもかっこよかったから。当時のアメリカではキャピタリストは起業家を支援し、産業を作る中心的存在でした。もともと起業家として成功した方や、トップエンジニアとしてテクノロジーに精通している方が就く職業だったのです。当時からアメリカの優秀な若者がみんな憧れる存在でしたし、その存在に私も憧れを抱いていました」
倉林氏は富士通に入社後、経営企画室のメンバーとしてアメリカのVCである「Walden International」への出向を果たす。英語を学びながら、現場のキャピタリストと仕事を共にし、その姿に驚愕したという。
倉林「米系VCで働きながら日本市場に目を向けると、VCはいたものの、BS/PLを見てスモールIPOしそうなところにお金を出してキャピタルゲインを狙うVCばかりでした。優秀な人が憧れて入社する業界とは言えませんでしたね。 起業家にしても、単に大企業には入れないから起業した、という人も多く、能力の問題もあって成功例が少ない時代だった。当時の私は、日米のベンチャー企業と、それを取り巻く環境に大きな差を感じていました。 しかし、いずれは日本もアメリカのように、ベンチャー企業を取り巻く環境が整えられていくだろうと考えていたのです。だからこそアメリカで修行し、いずれ日本のベンチャー業界が成熟する頃にフロントランナーになろうという構想を抱いていました」
その後、倉林氏は三井物産に転職し、シリコンバレーに駐在することとなる。将来VCとして活躍するためにMBAを取得後、Globespan Capitalの日本代表に就任。その後Salesforce Venturesの立ち上げに参画した。しかし、CVCではなくVCがやりたいという想いから現職のDNX Venturesに至る。
「VCがやりたい」という想いからSalesforce Venturesを離れた倉林氏。CVCとVCの大きな違いとはなんなのだろうか。
倉林「CVCの一番の目的はストラテジテックリターン(経営上のシナジー効果)です。つまり、事業開発の全体設計をしたうえで、M&A(合併・買収)を含めた成長シナリオを描いておかなければなりません。キャピタルゲインだけを求めるCVCは、CVCではないのです。いいビジネス、いい人材、いいテクノロジーを買収することで、母体の会社を大きくする為の手段がCVCなのです。 私はSalesforce Venturesにいましたが、投資目的はsalesforce.comのエコシステムの拡大であり、ベンチャー投資より買収の方が重要な役割でした。結果としてキャピタルゲインを得ることはありましたが、一番の目的は事業成長にあります。NYSEに上場している企業として、当然投資でもリターンを出さなければなりませんが、キャピタルゲインが目的の投資というのは株主からの期待を考えてもありえなかったですね」
一方で純粋にキャピタルゲインを目的にするのがVCだ。目的が違えば動き方も違うと倉林氏は話す。
倉林「CVCはストラテジックリターンを最適化するために、数多くのパートナー企業を探すのが仕事です。一方、VCは『投資先を成長させるために寄り添って支援する』という立ち位置になります。 現に私がSalesforce Venturesで働いている頃、投資先の一社に時間をかけてアドバイスをしていたら、上司に『ひとつの会社に時間をかけすぎるな。そういうことはVCに任せておけ』とアドバイスを貰ったこともあります。 しかし、私はそれに反論しました。アメリカには頼れるVCがたくさんいますが、当時の日本では頼れるVC、それもBtoBビジネスが分かるキャピタリストは殆どいませんでした。だからこそ私は『私しかアドバイスできる投資家はいないんだ』という想いで一社ずつ時間をかけて支援していたのです。しかし、本来はCVCがやるべき仕事ではないことは確かで、当時の上司のアドバイスは的確であったと思います。 VCのいいところは、当たり前ですが投資先企業の成功のためだけに全ての時間を使えるところです。私には、そのようなスタイルの方が合っています。基本的には投資先の筆頭株主として社外役員にもなり、社長が困った時に最初に相談しに行く相手でありたいと思っています」
倉林氏は、同じVCでもCVCではなく、独立系VCであることに大きな意味があると言う。
倉林「起業家はリスクをとって仕事をしていますが、CVCではどうしてもコミットメントに差が出てしまいます。我々のような独立系VCは、自らのファンドに個人で出資していますし、LP様からお預かりした資金を運用しているので、パフォーマンスが悪ければ新しいファンドを作れません。ですので、投資先が倒れれば相応の痛手を負います。そのため、起業家の方に近いリスクを共有できるのです。 昔はCVCしか選択肢がありませんでしたが、最近は日本でも独立系のプロフェッショナルVCが増えています。起業家が、一緒にリスクをとって伴走してくれるVCから投資してもらうのは、自然の流れだと思いますね」
起業家と同じリスクをとって支援をしている倉林氏。その姿勢は社外役員として関わることに象徴されている。
倉林「アメリカではVCや外部の人間が、取締役の過半数を占めているのが一般的です。例えば、社内からボードメンバーに入るのがCEOとCTO。あとはシリーズAとシリーズBのリードインベスターが一人ずつ、そこにイグジットしてセミリタイアした経営者が第三者として入って5名でボードメンバーを構成する、ということが多いです。 アメリカでは取締役の過半数の議決が通れば、経営上重要な意思決定をすることができます。つまり、ボードメンバーの1席をとることに大きな意味があるのです。そのためアメリカの経営者は、外部取締役の厳しい視線のもと経営している。つまり、経営者として鍛えられているのです。 その点では、日本ではまだ社内の人間がボードメンバーの過半数を占めており、外部役員がいるといっても一部でしかありません。 私としてはボードメンバーに入ることで、会社の一員として働いている意識を持っています。投資先ではなく『われわれ』という意識で支援している。だからこそ先程も言ったように、社長がまっさきに相談してくれる関係性を作りたいのです」
具体的にはどのようなサポートをしているのだろうか。
倉林「会社に足りないものがあればなんでもやりますよ。議論の壁打ち相手としてだったり、KGI/KPIの設定をサポートしたり。採用面でも、例えばCFOの採用は経営者より私の方がファイナンス業界経験があるので、面接させて頂く事も多いです。最近のスタートアップのCFOは海外の機関投資家にエクイティストーリーを説明する必要があり、英語力も求められますね。 逆に、会社がうまくいっている時は、あまり不必要に関与しないようにしています。困っている時に助けられるように、ほどよい距離感を意識していますね」
DNX Venturesは3号ファンドを立ち上げたばかりだ、投資に関してはどのような方針を持っているのだろうか。
倉林「今回の3号ファンドは300億円超のファンドなので、一社あたり7~10億円は投資したいと考えています。基本的にシリーズAで投資したらBでもCでも追加で投資するという、クラシックなスタイルをとっているんです。 シリーズAが中心ではありますが、シード投資も少ししています。シードの時から経営者と関係性を築き、『SaaSビジネスなら弊社から投資してもらいたい』と思ってもらうことが狙いです。シード専門でやっているVCもあるので、リードはお任せして私達はサイドから支援する程度ですが。 このやり方は2号ファンドの時もうまくいったので、3号ファンドでも続けていきたいと思います。シード投資にかける金額はファンド全体の5%程度ではありますが、効果的に行っていきたいですね」
ここからは日本のSaaS市場に話を移す。近年、薬局業界や建設業界などの一部業界に特化し、業界特有の課題に対してSaaSビジネスを展開するケースが増えている。倉林氏の投資先にも業界特化型SaaSは多いが、どのように市場を捉えているのだろうか。
倉林「今でもIT化が遅れている業界では、電話とFAXを使っている企業が存在しますし、ITを導入していてもオンプレミスのシステムを導入しているケースも少なくありません。そのような業界がSaaSのシステムを導入して変革するならば、大きな意義がありますよね。 業界特化型のSaaSのいいところは、エンタープライズSaaSに比べて初期市場は小さくなりがちな分、競合も少なくなることです。業界構造は国によって違うため、海外の成功したサービスをそのまま日本に持ってきてもフィットしません。業界特化型SaaSは参入障壁によって守られているのです。 そして日本は、それぞれの業界でそれなりの市場規模がある珍しい国です。海外では産業によって市場規模に偏りがありますが、日本はあらゆる業界にチャンスがあります。さらに業界でプラットフォームを押さえれば、その上にビジネスを重ねる余地があるのも魅力的です。アメリカでよく見られるのは、SaaSビジネスで終わらずにビッグデータビジネスやEC、物流を絡ませて更に売上を重ねていく方法です。ここまでできればユニコーンになるのも夢ではありません」
大きなビジネスチャンスが眠っている業界特化型ビジネス。課題になるのはIT化が遅れている業界に、いかにしてSaaSビジネスを取り入れてもらうかだ。これまでずっと電話とFAXで仕事をしてきた業界人に、SaaSを導入してもらうのは容易ではない。いかにしてその壁を乗り切ればいいのだろうか。
倉林「ここは弊社の投資先で、建設業向けのSaaSを展開するオクトについてお話ししましょう。市場課題を解決するAndpadというサービスを作っていますが、成功の鍵ははオンボーディング、つまり建設現場の職人さんに使ってもらえるかどうか、と思っていました。クライアントは施工会社ですが、現場の職人さんがサービスを使いこなせなければ、ビジネスの成功はありえません。 そこで、どのようにして職人さんにサービスを使ってもらうのか、愛知県の建設現場を視察しに行ったのです。当日は職人さんが集まる安全大会が開かれており、現地の施工会社の社長が職人さんを何百人も集めて『これから新しいサービスを使うからよろしく』と話していました。会場には職人さん達が溢れていましたが、エンタープライズSaaSの経験しかない私にとっては、彼らにどのようにオンボーディングするのか、非常に興味深く見守っていました。 オクトの社長の稲田さんは、丁寧で完璧な対応で、一人一人に使い方を説明していきました。『こんなの使い方分からねぇよ』と言われても、『分かりづらいですよね。でもこういう風に使って頂ければ嬉しいです』という風に、アプリをインストールするところから、細かい操作まで丁寧に使い方を教えていた。片膝をつきながら職人さんと同じ目線になって説明し、厳しいことを言われても『フィードバックありがとうございます!』と言って、しっかりと職人さんたちに受け入れられていました。 課題だと思っていたオンボーディングを、現場で丁寧な対応をすることで見事に克服しており、私も思わず写真を撮ってSlackでチームに共有してしまうほどでしたね。稲田さんはその後も日本中を飛び回って説明して、着実に職人さんにサービスを使ってもらうようになったのです。 オクトの強いところは、職人さんがサービスのファンになってくれたところです。建設業界では、職人さんは個人事業主が多く、複数の施工会社から仕事を請け負っています。すると、ある現場でオクトのサービスを使った職人さんが、別の現場でまた電話とFAXを使わされると、とても不便に感じる。すると、職人さんから施工会社に『Andpadを導入してくださいよ』と言ってくれるのです。 地道な営業を行い、職人さんたち経由でリードが増えていったのが、オクトの急成長の要因のひとつだと思います」
テクノロジー云々の話ではなく、ユーザーに向き合い、しっかり営業してきたオクト。カスタマーサクセスは業界特化型SaaSにとって、とても大事なことだと倉林氏は語る。
倉林「購買体験というのがお客さまにとっては一番大事なのです。例えばBtoCのビジネスしかしてきてない起業家の中には、できればブラウザで越し売りたいとか、訪問しないで売りたいという方もいます。たしかにそれは効率が良いかもしれませんが、BtoBビジネスでは通用しません。 いかに購買体験でお客さまをファンにするのかが最も重要なのです。投資先で成功している企業の経営者は、BtoBの営業が分かっている人が多いと感じますね。 また、業界特有の課題というのは、業界経験のある方しか分かりません。起業家として話を聞いていて『そんなチャンスがあるのか!?』と、ワクワクさせられることも多いですね」
チャンスに満ちた業界特化型SaaSだが、もちろん難しさもあると倉林氏は話す。
倉林「古い業界だと、業界に敵を作らずビジネスを成長させていくことも重要です。業界には必ず存在感のある大物や大手企業がいるもので、初期段階ではいかにその人達に目をつけられないようにビジネスを行うかが意外に重要だったりもするのです。そのような大人な戦略が練れなければBtoBビジネスは難しいですし、そのような戦略を練るのが楽しみのひとつでもあります。 また、どうしても縦割りのマーケットなので、初期の市場規模が小さくなりがちです。どんなことをしても業界の変革には繋がるのですが、しっかりスケールできるかは投資をする際の判断ポイントになりますね。 スケールできるかどうかは、業界が抱えるペインが本当に大きいかによります。実は大きなペインではなかったり、他のサービスで代用できたりするようであれば、ビジネスはスケールしません。 成功しているSaaS企業はとてつもない時間をかけてサービスを作っていますが、業界が抱えるペインが本当に大きければ、それでも問題はありません。なぜなら、参入障壁が高いほうが乗り越えた時の売上も大きくなるからです。マーケットを定める時には、ペインの大きさをしっかり見定めて欲しいですね」
ペインの大きい例として倉林氏が紹介してくれたのは、電子薬歴SaaSを展開するカケハシだ。カケハシのサービスは、薬剤師の業務負担となっていた薬歴入力をデジタル化し、薬剤師のペインを軽減している。
倉林「カケハシにはアプリがリリースされる前から投資を行っています。話を聞いた時はアプリケーションの開発自体は技術的に問題ないと思いました。しかし、売上が出る前だったので、市場が存在するか確認するために、潜在顧客に話を聞かせてもらったのです。 そこで、薬局の経営者の方に話を聞きに行きました。ミーティングの時間は当初30分でしたが、経営者の方が興奮して1時間も話してくれたのです。経営者の方は『こういうサービスを待っていた! これまではこういう課題で困っていて、それで知り合いの薬局は潰れてしまったんだ』と熱く語ってくれました。 最後には『あなた、投資家なら絶対に応援しなきゃだめだ』とまで言われましたね。何が言いたいかというと、それだけ明確なペインがあって、お客さんが待ち望んでいるソリューションであれば、スケールする見込みがあるということです」
業界にはそれぞれ慣習やビジネスモデルがあり、理解には時間がかかる。大きなペインを見つけるとなると、やはり業界経験者でなければ難しいのだろうか。
倉林「業界特化型SaaSで成長している企業の多くは、業界出身の経営者によって設立されていますね。しかし、先程紹介したオクトの稲田さんは業界未経験者ですが、事業成功の為の仮説検証を繰り返し、様々な業界のペインを洗い出して、建設業界に的を絞っていったのです。 私も業界経験者でなければ業界特化のビジネスは難しいと思っていましたが、彼と会って考えを改めました」
では業界未経験者の方が、業界特化型のビジネスを始めるには何が必要なのだろうか。
倉林「職業柄、プレゼンをする経営者を見る機会も多いのですが、思考の幅と深さが大事です。成功する起業家は投資家がどんな質問をしても、『こんな仮設を立てていて、それに対してこんな対策を考えている』と即答してくれます。いい経営者は、投資家がその場で思いつくようなことは既に考え尽くしているのです。 その一方で、生煮えのアイディアでプレゼンに来る方も少なくありません。スタートアップは人生をかけて挑戦することなので、死ぬほど考えてなければ成功できません。業界特化型に限りませんが、成功している起業家はみんな常に深く考えていますね」
経営者が徹底的に仮説を立て、対策を考えられる人間かどうかは一番の判断ポイントのようだ。他にも業界特化型ビジネスを成功させる秘訣はあるのだろうか。
倉林「プロダクトへの向き合いが少ない会社が成功することはほとんどありません。SaaSは継続的なアップデートが重要です。お客さんから営業やカスタマーサクセスを通してフィードバックをもらい、開発に反映していかなければなりません。 そのため、販売をパートナーに任せるかどうかは、とても重要な意思決定になります。クラウドビジネスが分かっていない経営者は、すぐに代理店に売ってもらおうとしますが、それはオンプレミスの売り方です。クラウドは直販が基本で、また長期間利用してもらうことが必要です。カスタマーサクセスができていなければ利用者は離れてしまう。 だからこそ、SaaSを展開していて、自前で営業をしないのは大きなリスクになるでしょう。地方をカバーするために限定的に代理店を利用するのは仕方ありませんが、初期段階からパートナーに販売を依頼するやり方は、BtoBのクラウドビジネスとしてお勧めしません。 そういう細かいポイントが勝負を分けるのです。最初は大変ですが、楽をしないで営業してきた会社が成長していますね」
スタートアップは少数精鋭が基本となる。社長以外のメンバーでは、どのようなメンバーを揃えていけば良いのだろうか。
倉林「見るポイントは様々ですが、まずはCEOの方がクラウドのBtoBビジネスを分かっているかが重要ですね。分かっていなくとも傾聴力を持って学ぶ姿勢があることが大事です。お付き合いする中で私がアドバイスさせて頂くことも多いのですが、耳の痛い事を指摘させて頂いた時に、どうそれを取捨選択して自分のものにしていくか。優秀であるかどうかの他に、社員や投資家に愛されるチャーミングさがあるかも非常に重要です。 メンバーに関しては、初期はエンジニアが最も重要です。今はエンジニアを採用するのが難しい時代です。だからこそ本当にいいエンジニアが採用できているのか、特にひとり目のエンジニアがいいエンジニアかどうかで、開発部隊を拡張できるかが決まります。 また社内でしっかりカスタマーサクセスができる体制が整っているかも大事ですね。とは言え、カスタマーサクセスの経験を持っている方は日本にはまだ多くありません。経験がなくても素養を持っている人を採用しているかどうかが、経営者がカスタマーサクセスの重要性を分かっているかの判断ポイントになります。 セールスに至っては、業界特化の場合、社長が営業より何倍も売ってくることはよくあります。だからこそ自分より売れる営業を育てられるか、トレーニング環境も重要になってきます。他にもそれらの人材を採用する、リクルーティングのヘッドも早い段階で必要になりますね」
とにかく重要なメンバーはたくさんいるが、その中でも特に重要なのがCFOだという。
倉林「SaaSビジネスの場合、早く黒字化することが必ずしも株価を最大化することには繋がりません。売上がある程度伸びているなら、時価総額を高める為に、利益を出すよりも投資に回す必要があるのです。salesforce.comも、売上高が$8Bを超えたあたりから利益を出していますが、それまではずっと成長志向で、赤字の状態を続けていました。 そういった背景から、SaaSの場合は売上10〜20億円の時期に黒字化するのは大きな機会損失だと思います。だから小さな時価総額でマザーズに上場しない方が良いと思います。かなり上手にIRしない限り、上場してから投資して赤字を出してしまうと、すぐに株を売られてしまうからです。 だからSansanがやったようにプライベートラウンドで調達し続けて、売上高成長率を見て株価をつけてくれる人を探さなければいけません。成長可能性を評価してくれるのは海外の機関投資家です。そのため、英語で海外の機関投資家にそのシナリオを説明できるCFOが必要になります。 そういった能力を持つCFOはなかなかいませんので、もし見つけたとしたら全力で採用しに行くべきですね。以前のように小さい時価総額での上場をするために、証券会社の言う通りに書類を作るだけのCFOでは、ラージIPOには対応できません。 さらに言えばCFOだからビジネスや技術が分からないというのは通用しません。『経営にも主体的に関わってくれるCFOを見つけて採用したほうが良い』と投資先の会社に言っていますね。事業を自分事として考えられるCFOが入るだけで、会社の未来が大きく変わるからです」
スタートアップでは、さまざまなポジションで優秀な人材を採用しなければならないが、大企業と比べて潤沢な資金を使えるわけではない。採用を成功させるために何が必要なのだろうか。
倉林「スタートアップはやはりビジョンで人を集めなければなりませんね。その点、カケハシは採用が強いです。社会性を感じやすい医療分野ということもありますが、社長のキャラクターも相まって『これは入社したくなるだろうな』と私も思います。 あとは、なんといっても会社が成長していなければ人はついてきません。昔と違って大きな資金調達ができるようになったので、大企業と変わらない給料が出せるはずです。優秀な人を採用するなら、たくさん調達して、人材にはお金を惜しまない方がいいですね。 特に今の日本は、調達のハードルがとても低くなっています。そんなにバリュエーションがつくなら、もっと調達した方がいいと思う場面も多々ありますね。 日本の起業家の中には、調達することで自分の株の持ち分が少なることを過度に心配している人もいるように見えます。アメリカの起業家の平均の持分比率は、日本の起業家の平均持分よりかなり低いですが、それを気にしているように見えません。なぜなら、会社を大きくする自信があるからだと思います。 私からすれば、もっと大きく調達して、人材に投資した方が良いと思います」
経営者側とは逆に、スタートアップへの転職を考えている方には、どのような想いを持っているのだろうか。
倉林「今は20年前に比べて、優秀な人がスタートアップに集まっています。大企業にいるよりも優秀な人と、近くで一緒に仕事をする環境もあります。そこで得られる経験はとても大きいですし、自分から手を動かせばいくらでも経験が積めるチャンスがあります。その環境を使わないのはもったいないので、自信がある方はどんどんスタートアップにチャレンジした方がいいと思いますね。 一部では『誰でもスタートアップに行かなければいけない』という考えもありますが、自分のタイミングでスタートアップに行けばいいと思っています。昔は周りの人に『スタートアップに就職する』なんて言えない時代もありましたが、今ではスタートアップに就職することがかっこいい時代になってきた。 スタートアップがレベルアップしているのに対して、VC側もレベルアップする必要があるように感じます。そのためにもっと若手のVCが業界を突き上げてほしいですね。 アメリカの場合は、自身もスタートアップでCEOの経験がある人も多い。スタートアップを立ち上げて、IPOしたり買収された後VCになるような人が増えれば、スタートアップ業界全体がもっと盛り上がるんじゃないでしょうか」
編集デスク:BrightLogg,inc.執筆:鈴木光平取材・編集:鈴木雅矩撮影:小池大介