コラム

「一度だけ、儲け重視で起業するのもアリ」C Channel・森川亮の起業論

2018-11-26
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
C Channel

起業は、人生において大きな意思決定だ。悩み、迷い、さまざまな感情の道筋をたどったうえで、人は決断する。ただ、起業することは決してゴールなどではない。起業後にも、大きな決断を迫られる瞬間や、どうしようもない迷いを抱くこともあるだろう。そんなとき、先駆者の言葉はほんの少しの光をもたらす。真っ暗闇のなかでも、小さな道筋を示してくれる大切な存在だ。それならと、私たちはC Channel株式会社(以下、C Channel)代表の森川亮氏(以下、森川氏)のもとを訪ねた。もしも今、ビジネスモデルの選定や事業成長など、起業にまつわるさまざまな悩みを抱えている人がいるのなら、この記事を最後まで読んでみてほしい。今回は、C Channel代表の森川氏の言葉を、これから起業する人たちへのメッセージとして届けていく。

「儲けたい」「モテたい」からはじまった20代

「儲けたい」,「モテたい」

森川亮(もりかわ・あきら)ー1989年に筑波大学卒業後、日本テレビ放送網株式会社に入社。1999年青山学院大学大学院国際政治経済学科でMBAを取得。2000年ソニー株式会社に入社。その後、2003年ハンゲームジャパン(現、LINE株式会社)に移籍。2007年同社代表取締役社長に就任。2011年に「LINE」をスタートさせた。 2013年4月にはゲーム事業を分離し、社名をLINE株式会社に変更。同時に同社代表取締役社長に就任。2015年3月末より代表取締役社長を退任し、同社顧問に。4月からC Channel株式会社代表取締役社長に就任。

多くの起業家はビジョンが大切だと語るが、人はそう簡単にビジョンを見つけられるものではないかもしれない。そんなときにはどうするのかと、森川氏に尋ねた。森川氏は、「昔も僕はビジョンなんて持っていませんでしたよ」と微笑む。

森川 「20代のときは、とにかく興味のあることにひとつずつ挑戦していただけです。動機なんて、お金が欲しいとか、モテたいとか、そのくらいのもので(笑)。ただ、20代の後半くらいからは、その想いも少しずつ変わっていたんです」

大企業のなかで歯車のひとつとして働いていた昔、森川氏は会社から与えられる仕事を求められた2倍の成果にして提出することと、「プロフェッショナル」であることを心がけていたという。しかし、そうして働くなかで見えた意識するべき軸は、自分のことではなく、社会に対する影響だった。

森川 「社会人になりたての頃は、自分のために働いていました。上司も会社もクライアントだと考えることで、プロフェッショナルとしての振る舞いが見えてきました。ただ、プロフェッショナルは一人で生きていくだけに留まりがちです。 視座が上がるにつれて、自分が成功するのではなく、社会に対する影響力を持ちたいと思うようになった。そうして、ハンゲームで社長になったときに気がついたんですよね。僕に求められているのは、新しいことを立ち上げて成功するとか、そんなレイヤーの話ではないのだと」

そう強く感じたのは、社長として会社を率いるために足りない要素があったからだった。ある程度の売り上げはできた。けれど、人を惹きつけるようなビジョンがないため、付いてきてくれる人はほとんどいなかった。

森川 「そのときやっと、会社のあり方と真剣に向き合いました。稲盛和夫さんの盛和塾に参加して、自分と会社とを見つめ直していましたね。結果として、経営が生きることそのものであり、次の世代に残るような事業を作ることが自分の使命なのだと思うようになりました」

本気で愛しているからこそ、捨てる選択肢を取る

ビジョン

ビジョンは大切だが、ビジョンだけで企業は成功しない。ビジョンの実現に向けて、事業の方向性を見直したり、組織体制を変更したりと、時と場合によって意思決定を求められる。

森川 「会社や組織は一定の成功が見えてくると、新しいことに取り組めなくなっていきます。そのことについて、コミュニケーションの取り方、社内文化の統制など、細かい施策はたくさんあります。ただ、もっとも大切なのは、自分たちに関わってくれている人のことを本気で愛せるかどうかなんです。それがなければ、誰もついてこないし、ゼロイチによる成長が続けられる会社に変わらないですから」

森川氏がここで語る「愛する」とは、企業として人を守ることでもなければ、甘やかすことでもない。ときには、成長性を考えて退職へ誘導することだって必要だ。

森川 「一番の愛は、長期的に見てその人が成長できる環境をつくることだと思っています。そのためには、成長が止まっている社員のことを送り出す勇気も必要です。僕が部下や同僚と必要以上に仲良くしない話も有名ですが、それも情が入って誤った選択をすることを避けるためです」

情が入らないようにすること。人に対してはもちろんのこと、事業に対しても同じ基準をもって判断するという。

森川 「事業を続けるのかやめるのか、選択するときに『がんばったから』『長く続けているから』と情が入ってしまうと、客観的に判断できなくなるんです。たしかに名残惜しいですが、優秀な人材がこれから伸びない事業に長く関わって士気を削いでしまうことのほうが長期的に考えるともったいないことですからね」

事業の成功を確信していたわけではない

事業の成功

事業を興す際や起業時には、きっと誰しもが不安を抱えている。選んだマーケットが本当に正しいのか、ユーザー数は伸びるのか。不安で押し潰されそうな日もあるかもしれない。それは、森川氏も同じだそうだ。

森川 「『LINE』が誕生したときも、C Channelを創業したときも、事業がうまくいく確信はありませんでした。不安だらけです。でも、まったく成功する気がしないわけでもありません。それは、時代の流れや傾向を見て、3年後や5年後に起きうる社会変化の仮説を立てて事業をつくっているからです」

森川氏にとって、事業を興すときのマーケット選びのポイントはふたつ。ひとつ目は、「今小さくて、将来大きくなること」。そして、もうひとつは、そのマーケットでつくる世界が自分の目指す社会の像と合っていることだ。

森川 「たとえば、もしも選んだマーケットで事業がうまくいかなかったとして。それでも事業を続けようと思えるのは、自分の価値観と目指す社会の像が重なるからなのだと思うんです。キツいと感じたときに手を引くのは投資家。僕らは起業家ですから、それでも続けるかどうかは魂をどれほど込められるかどうかによるのだと思います」

LINEC Channelの裏には、日本のメディア産業に対する問題意識と、日本のスタートアップ界隈への問題意識が存在していた。

森川 「『LINE』が生まれたとき、所属していたエンジニアの多くはシリコンバレーに行きたがっていました。理由は、世界で成功するサービスのほとんどがシリコンバレーから生まれているから。でも僕は、もっとも人口の多い地域はアジアなわけだし、そのなかにある日本から世界で成功するサービスを産めばいいと思ったんです。

C Channelの創業においては、日本のメディアにネガティブな情報が多すぎることが課題だと感じていました。たしかにPVが増えて収益につながりやすい情報はポジティブなものよりネガティブなニュースです。でも、そのままなら日本が嫌いになる若者がどんどん増えていってしまいますから」

人々の生活をつくることが、メディア産業に与えられた使命だ

メディア産業

C Channelは、一見動画メディアを運営している企業といった印象を持たれる。けれど、森川氏が目指しているのは、ナンバーワン動画メディアでもなければ、動画の普及でもない。

森川 「僕たちが生み出しているのは、ターゲットにしているユーザーが目指す生活をできるようにするための情報をキュレーションすることなんです。今は若い女性をターゲットにしているから、彼女たちが求めている動画をビジネスにしています」

昔と比較すると、情報の発信者と受信者の境目はずいぶんと曖昧になった。あらゆるコンテンツが生まれるなかで、情報を正しくキュレーションして、しかもそれらが収益につながるプラットフォームこそが、ポジティブなメディア産業だと森川氏は捉えている。

森川 「現在は、動画にとどまらず体験イベントやフェスのようなオフラインの取り組みにも注力していますし、企業とタイアップした商品の開発やアパレルブランドの展開なども行なっています。もうヘアアレンジとかコスメみたいな小さな領域では社会は変わりません。女性の生き方を支えること。そうして生まれるダイナミクスが世の中を変えていくはずです」

ビジネスモデルが決まらないなら、儲けから考えてみたって良い

ビジネスモデル

「経営はいつでもつらいんですよね」とケタケタと笑う森川氏。そんな彼が、これまででもっともつらかったのは、東日本大震災のあと。「LINE」がここまで浸透するとは予想もしないときだったという。

森川 「東日本大震災が起こる前にライブドアがグループ入りをしました。そこから大規模な投資を行い、検索事業を立ち上げようとしたのですが、うんともすんとも言わなくて。また、最高のエンジニアを集めたのですが、東日本大震災が起こり、エンジニアの中に外国人が多かったということもあり震災と同時に母国に帰ってしまった人もいたんです。。結局『LINE』が運良く当たったから良かったものの……というくらい、追い詰められていました」

数々の苦労や苦悩を抱える姿は、決して森川氏が類い稀なる才能に恵まれただけの天才ではないことを物語っているように感じられる。そんな森川氏が、未来の起業家に送るメッセージを伺った。

森川 「起業する際の理想は、自分のなかにある熱い想いと儲けがリンクすることです。ただ、そう簡単に挑戦したいことが見つかることはないですからね。そんなときは、一度だけ、儲けを重視して起業するのはアリだと思いますよ。成功体験を積むことで、もしも想いをかけるものが見つかったときに、本気で走れるはずですから」

起業における不安は人それぞれだ。考える暇もないから全力で取り組むと語る起業家もいれば、市場をしっかりと見極めて確実なタイミングで飛び込むと語る起業家もいる。人間が千差万別なように、起業のあり方だって、きっと千差万別だ。さまざまな起業家の言葉を見つめながら、自分に合った起業のスタイルを見つけてみてほしい。目指したスタイルは、いずれ、起業時の自分の行動指針になるはずだから。

執筆:鈴木しの取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:横尾涼

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