個人が簡単にネットショップを作れる時代がやってきた。アパレルや食品など、あらゆるプロダクトを個人が生み出し、個人に販売する。そんな個がつながる時代。日本で個人や小規模事業者のネットショップ開設が珍しくなくなった背景には、火付け役とされるサービスの存在がある。ひとつは、今回私たちが取材に伺ったBASE株式会社(以下、BASE)だ。サービスの開始は、2012年と7年前にまで遡る。ただ、注目したいのは、同時期に競合と呼ばれるサービスが多数登場したこと。「STORES.jp」や「ZEROSTORE(*1)」などの無料ネットショップ作成サービスは、どれも2012年にリリースしている。競合サービスも合わせ、一気に広がった領域なのだ。今回、Eコマースプラットフォーム「BASE」を運営するBASEの代表である鶴岡氏には、競合サービスの台頭に対して、どのように勝ち筋を見つけ、実際にサービスを成長させてきたのか。そんなことを聞いてきた。
*1:DeNAが運営していた無料でオンラインショップが作れるサービス。現在サービスは終了している。
ーーBASEのサービスの成長にあたって、競合サービスをどのように意識して、リサーチして、差別化を図ったのか。今日はそんなことを聞きたいと思っています。
鶴岡氏(以下、鶴岡) 「うーーーんと、あんまり意識していないんですよ。今は」
ーーそうなんですか。というと、昔は意識していたのでしょうか。
鶴岡 「サービスを立ち上げたばかりの頃はさすがに意識していましたよ。勝ちたい。負けたくない。どうしたら勝てるのだろうって。ただ、それを嫌なことだと思ったことはあんまりないんですよ」
ーーなぜでしょう。普通であれば、競合サービスの存在は喜ばしいものではないと思うのですが。
鶴岡 「そうですかね。わかりやすい競争相手がいたほうが、メンバーも含めてモチベートされるじゃないですか。負けたくないと思うからより良いサービスを作ろうとがんばれるのだと思うんですよね。ただ、サービスの成長とともに競合の存在は意識しなくなっていきましたし」
ーー意識しなくなる。どういうことでしょうか。
鶴岡 「サービスの成長に伴って、外よりも内を見るようになっていったんですよね。BASEの成長に対してコミットしていく中で、だんだんと僕らのビジネスが短期決戦ではないことに気がついていったんです。10年、20年のスパンで情熱を注がなければ、生き残るサービスにはなれないと思うようになった」
ーービジネスモデルやサービスの現状を考えたときに、短期決戦ではなく長期決戦だと、気がついたということですね。
鶴岡 「そうですね。永続的にBASEを続けたいと考えたから、周りのサービスを意識することなく、自分たちのサービスのみに注力できるようになったのだと思います。そして、長く息ができるなら勝てる。そう感じていました」
ーーそこまで長く、情熱を注げるのはなぜなのでしょうか。
鶴岡 「お金儲けのことを考えず、本当にやりたいことをやっているから、ですかね。BASEを始めたのは、そもそも市場の変化やトレンドを見定めたわけではないんです。サービスを作りたいと思って生み出したら、たまたま市場が付いてきた、くらいの感覚なんですよ」
ーーそうはいっても、起業時はまだお若いですよね。ネットショップに振り切ろうと決めるのは、勇気のいることなのではと思ってしまいます。
鶴岡 「昔からこのネットショップや個人間の決済みたいな領域が大好きですし、BASEを作った7年前から思いが変わったことが一度もないんですよね。今の時代、本当に必要なサービスはしっかりと流行ると思っているんです。もちろん、今日流行るのか、20年後に流行るのかなんてわからない。だから、挑戦したいなら試してみたらいい。僕はそう思いますね」
ーー鶴岡さんは、CAMPFIREでのインターンを経験した後に、学生ながらにしてBASEの創業に踏み切っていますよね。今だから思う、学生起業で生き残るためのノウハウってあると思いますか?
鶴岡 「なんですかね。学生起業に関わらず、諦めないことじゃないですかね(笑)。諦めなければ、企業は生き残り続けられるから。あとは、周りにどれだけ応援してくれる人がいるのかどうかですね。僕の場合は、家入さんを始め、イーストベンチャーズの(松山)太河さん、メルカリの進太郎さん、グリーの田中さんといった、CAMPFIRE時代に出会えた方が応援してくれたことが今に活きていると感じているんです。自分を信じて応援してくれる人が周りにいればいるだけ、頑張ろうと思えるから」
ーーなるほど。そういった存在をたくさん作るためには、どんなことが必要なのでしょう……。
鶴岡 「どうですかねえ(笑)。ただ、邪(よこしま)な気持ちを抱かず、誠実にサービスを伸ばしたいと思う気持ちって届くものですし、今はSNSもコミュニティも発達している。やるべきことに向き合っていれば、必然とそういった方々には出会えるような世の中なのではないでしょうか」
ーー鶴岡さんの場合は、CAMPFIREのインターンとして行動した時間が、今のご縁にも大きくつながっているということですよね。
鶴岡 「そうですね。こんな人に出会いたいと打算的に思ってしまうとつらいかもしれないから、そういった望みは抱かず、誠実に会社やサービスと向き合うことが重要なのかもしれません」
ーー少し話は変わりますが、サービスが成長し組織を拡大していく上での壁などはありましたか?
鶴岡 「ありましたね。メンバーが50人を迎えようとしていたときはすごくつらかったタイミングです。周囲のメンバーにもすごく迷惑をかけましたから」
ーー俗に言う「50人の壁」ですね。人に関する問題ですか?
鶴岡 「まさに。メンバーが50人を超えると、シンプルに僕とみんなとのコミュニケーション量がぐっと減るんですよ。だから、コミュニケーション不足でわかりあえないこともありました。あとは、メンバーの入れ替わりに伴って、これまで中心メンバーだった人が中心ではなくなったり、フラットだった組織が階層化し、上司ができてうまくいかなくなったり」
ーーそのくらいの規模のときって、きっと鶴岡さん自身が、手を動かすのではなくマネジメントに移る必要性もあるタイミングですもんね。そのときの壁はどうやって乗り越えたのですか?
鶴岡 「考え方を変えました。悪いタイミングは絶対に訪れるんです。それを防ぐことはなかなかできない。そして、辛いときって、ついつい自分だけが辛いと思ってしまいがちじゃないですか。でも、そうではなくって、みんなが辛いのだと思うようにしたんです」
ーーというと。
鶴岡 「僕は辛いけど、きっと孫さんだったとしても辛いことはあるし、はたまた僕の母親だって辛いこともある。つまり、僕が辛くて、みんなも辛いなら、それはつまり辛くないってことだなと思えるようになったんです」
ーーそれは、随分と達観していますね(笑)
鶴岡 「そうかもしれません……。まあ、具体的な解決策としては、メンバーに日々ヒアリングを進めて課題を適切に把握することですかね。組織の悩みって、実際のところは比較的イージーなんです。地道ではありますが、淡々と意見を聞いて解決していけばいいだけだから」
ーーなるほど。課題を解決するときに一番重視していることってあるんですか?
鶴岡 「組織に関する問題点は、どんな問題よりも先に解決にコミットすることですね。組織の中で問題が起きている状態って、要は働くメンバーにしわ寄せがいっているということですから。なによりも優先順位を高く解決することだけは忘れてはいけません」
ーー鶴岡さんご自身は学生起業でのBASE創業でしたが、学生起業そのものを経験してみて感じることってなにかありましたか?
鶴岡 「学生が良いとか、社会人が良いとか、そんなことは感じないですね。どちらかというと、起業すること自体に憧れを抱いた上での起業は思っていたのと違うことが多いはずなのでおすすめしないです。起業は、あくまでやりたいことや叶えたいことの実現方法ですから」
ーーたしかに。でも、起業って失敗のリスクもありますよね。怖いとか不安とかって感じることはありませんか?
鶴岡 「ありませんね。日本で起業していたら死ぬってことはないじゃないですか。アルバイトでも食いつなぐことはできますし。ただ、投資してくれている方々に対してリターンを返すことをまずは意識しています。投資は慈善事業じゃないので、リターンを返すコンセンサスがあります。投資家が入った時点で、それはもう僕だけの起業ではなくなっているから。メンバーやユーザーさんはもちろん、投資家との合意形成もとりながらサービスを拡大することに注力するべきなのではないかと思います」
ーーなるほど。そうしてBASEが成長した先には、どんな未来が見えるのでしょう。
鶴岡 「ECや決済や金融などのキーワードを、社会に対して最適化した未来です。僕らは、なにもBASEを使うべきとか、ネットショップを開設するべき、なんてことは思っていないんです。どちらかというと、多様化する社会に対して、解決方法を提示したい、というほうが近い」
ーー解決方法、ですか。
鶴岡 「これからの社会、資本主義経済ではなく、意義ややりがいなどの価値交換によって経済が成り立つと思っています。個人が気軽にチャレンジできるような時代がきっとくる。そのときに、チャレンジを手助けできるのがBASEであってほしいんです。これまではチャレンジだったことがチャレンジではなくなり、誰もが好きなことを仕事にできる未来。僕らは、今までもこれからも、そんな未来に対してコミットしていきます」
質問に対して、考えて誠実に答えようとする姿勢から、鶴岡氏の人柄が伝わってくるインタビューだった。その真摯さや、思い描く世界観が「BASE」のサービスにも現れているのだろう。個人がフィーチャーされ、チャレンジがチャレンジでなくなる未来は、それほど遠くはないのかもしれないと感じさせられた。
執筆:鈴木しの取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:小池大介