コラム

ドローン業界への挑戦。エアロネクスト田路氏が明かす成功の方程式

2018-12-20
STARTUPS JOURNAL編集部
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STARTUPS JOURNAL編集部
メディア業界からドローン業界への挑戦。エアロネクスト田路CEOが明かす成功の方程式

「CEATEC AWARD 2018」の経済産業大臣賞、「Best of Japan Drone Award」で2部門の最優秀賞受賞をはじめ、各所で高い評価を受け、今もっとも注目されているドローン系スタートアップのひとつである株式会社エアロネクスト(以下、エアロネクスト)。独自開発した重心制御技術「4D Gravity®」により、機体のカメラなどの搭載部を常に安定させたまま飛行可能なドローンをはじめ、注目度に劣らない技術力の高さで業界に新たな風を吹き込んでいる。同社のCEO・田路圭輔(以下、田路氏)氏を訪ねると、一般的なテック系CEOスタートアップのイメージとは異なる、「プロ経営者」としてビジネスを推進する姿が垣間見えた。同氏が掲げるのは、ビジネスのテーマに依存しない「IP(Intellectual Property、知的財産)経営」。エアロネクストの展望に加え、新卒入社した電通で経験した米国企業との合弁会社立ち上げや、独立後のスタートアップ3社同時起業など、彼がこれまでの経験で築き上げた経営手法とは。

広告代理店出身の“門外漢”がドローン業界にチャレンジするまで

■田路圭輔(とうじ・けいすけ)エアロネクストCEO ー新卒で電通に入社。1999年、株式会社IPG(以下、IPG) 共同設立 代表取締役に就任。2017年、株式会社エアロネクスト 代表取締役CEOに就任。
田路圭輔(とうじ・けいすけ)ー新卒で電通に入社。1999年、株式会社IPG(以下、IPG) 共同設立 代表取締役に就任。2017年、株式会社エアロネクスト 代表取締役CEOに就任。

田路氏は大阪大学を卒業し、電通でキャリアをスタートさせた。広告業界では世界で五本の指に入るほどの大企業に入社したものの、その頃の自身を「すぐに会社員に向いていないことに気が付きましたね。そして、クライアントワークよりも事業立ち上げや戦略をつくることが好きで、自分の事業をやってみたかった」と振り返る。そうした中、日本初の電子番組表「Gガイド」サービスの立ち上げに関わることになる。最近ではテレビのリモコンに番組表ボタンがないことのほうが珍しいが、これをつくったのが、米・ジェムスター社と電通が共同創業し、1999年から2017年まで代表をつとめた電通のグループ会社・IPGだ。彼はこの電子番組表サービスを普及させるためのプロセスで、エアロネクストの戦略の鍵と言っても過言ではない、知的財産(IP)を活用したビジネスとの出会いを果たした。

田路IPGを立ち上げた頃は、あらゆるものがデジタル化する潮流だったのですが、デジタル化の本質はインタラクティブだと気づいたんです。それをテレビビジネスに応用して、インタラクティブな番組表を開発しました。 Gガイドのビジネスモデルは、自社の技術を特許化して、Gガイド技術とGガイドサービスをライセンスという形でテレビメーカー各社などに提供し、その使用料を収益にするものでした。 IPGはアメリカのスタートアップ(ジェムスター社)と合弁で作ったのですが、僕にはこうしたライセンスで収益をあげる知識もノウハウもなかったんですね。 そのアメリカのスタートアップのCEOからライセンスビジネスの基本を学んで、特許やライセンスといった知的財産をビジネス戦略に活用することの面白さに目覚めました」

自身が49歳をむかえるまで、田路氏はIPGに18年間在籍した。同社は「業界ではほぼ独占状態だった」と話すほど盤石な状態を築き上げたが、田路氏はここにとどまらず、もう一度ゼロからチャレンジする道を選ぶ。その理由を聞くと「自分でリスクを取って、本当のスタートアップをやりたかった」からだという、電通入社時から変わらない起業家精神が根底にあった。

田路IPGには創業から関わったものの、自己資本で立ち上げた会社ではありませんでした。せっかく会社を辞めると決めたので、これまでのキャリアの延長で仕事をするよりも、なるべく過去の人脈や経験が使えない、まっさらなところでやりたかった。その方がかっこいいと思ったんです。 ビジネスに限らず、僕が大切にしているのは、『自分の人生を自分でコントロールする』ことです。だから新しいフィールドで起業することは、自分の人生を自分自身でコントロールできている感じがしたんですよね」

特許づくりのプロと、特許マネタイズのプロが見据えるのは、「地上から150mまでの空域」の経済化

■田路圭輔(とうじ・けいすけ)エアロネクストCEO ー新卒で電通に入社。1999年、株式会社IPG(以下、IPG) 共同設立 代表取締役に就任。2017年、株式会社エアロネクスト 代表取締役CEOに就任。 ドローンスタートアップCEOインタビュー

過去の人脈や経験が使えない領域での起業を目指した田路氏は、果たしてドローンビジネスにはどのような経緯で出会ったのか。実は、田路氏はエアロネクストを創業したわけではなく、途中からCEOとして参画している。彼がドローン業界に足を踏み入れたのは、「特許ポートフォリオづくりのプロフェッショナル」と評する弁理士・中畑稔氏と共同創業した、株式会社DRONE iPLAB(以下、DRONE iPLAB)という会社がきっかけだった。同社では、田路氏がIPGで培った「攻めのカードとして特許を使う手法」と、中畑氏の特許づくりの知見・実績をかけ合わせて、ドローン関連事業における、知財戦略・知財マネジメント事業を展開している。ドローンビジネスは広告業界・メディア業界の経験や人脈が直接関係しない業界であることや、中畑氏との縁もさることながら、田路氏は「ドローンを選んだのは必然性がある」と語る。

田路「僕は、人間の身体の拡張と新しいメディアに興味があるんです。IPGでやっていたのは、インタラクティブな番組表という新しいメディアの創造です。また、メディア論の大家であるマクルーハンは『メディアは人間の身体の拡張』だと言っているのですが、ドローンはまさしく人間の身体の拡張であり、メディアでもあるんです。 メディアとは、それがバーチャルであれフィジカルであれ、要するに“土地”です。ドローンビジネスは地上から150メートルまでの空域にメディア=土地をつくり、ビジネス化にすることだと思っています。 この『人間の身体の拡張』『新しい空域の経済化=メディア化』の2つの面で、ドローンは面白いなと思ったんです」

では、田路氏の構想の中で、エアロネクストとはどのような意味をなすなのか。

田路エアロネクストは、この産業の核であるドローンそのものに関する技術を持っています。しかも、もっともコアな機体フレームの技術です。この技術の上にプラットフォーム、アプリケーションといったサービスが乗っていくんです。 だからこの会社が持っている技術がドローン産業全体のベースになると、すぐにピンときました。そこでDRONE iPLABからエアロネクストに資本業務提携を申し入れて、経営者としてこの会社の成長にコミットすることになったんです」

エアロネクストの鍵となる「IP経営」とは一体どんな戦略なのか?

■田路圭輔(とうじ・けいすけ)エアロネクストCEO ー新卒で電通に入社。1999年、株式会社IPG(以下、IPG) 共同設立 代表取締役に就任。2017年、株式会社エアロネクスト 代表取締役CEOに就任。 ドローンスタートアップCEOインタビュー エアロネクストの鍵となる「IP経営」とは一体どんな戦略なのか?

同社のコーポレートサイトを覗くと、見慣れない「取締役CIPO」の文字が並ぶ。「最高知財責任者、つまり経営資源として知財(IP)戦略を統括してポートフォリオを運用する役員」だというが、このポジションを設けた背景こそが、田路氏の経営戦略そのものである。

田路「一般的に、特許は競合から自社の商品やサービスの優位性を守るためのものという理解だと思うんです。しかし僕が考える知財戦略はその逆で、技術の流通をうながすものです。技術を世の中に流通させて、ライセンスビジネス化する前提でIPをつくっていく発想です。 これから日本が世界で戦っていくためには、技術の流通が重要で、それをIPというメタなレイヤーからアプローチしていく。これがエアロネクストの戦略でもあり、DRONE iPLABを立ち上げた背景でもあります」

田路氏によれば、特許はひとつ持っているだけでは意味がなく、「ひとつのコア技術に対してだいたい数十以上の特許ポートフォリオ」がライセンスビジネス成立の目安となる。こうした攻めのカードとしてIPを活用するために、CIPOが重要な役割を果たしている。エアロネクストでCTOを務める発明家・鈴木陽一氏がコア技術を発明すると、30〜40ほどの周辺技術や改良技術に関する特許を出願し、ポートフォリオ化。この特許群を構築する過程でCIPOの力が発揮されるという。このように特許群として流通できる形になった技術のメリットとして、田路氏は「流通スピード」を挙げる。

田路「メーカーになるのは大変なんです。在庫、不良品やクレームの問題もあるし、なにより僕は製造現場の経験がない。メディア出身の人間がテクノロジーを扱うならば、メタ化されたIPをメーカーに提供するほうが圧倒的に速く自社の技術が普及するんです」

一方で、このライセンスビジネスを成立させるには、もちろん障壁も存在する。そのひとつがブランド戦略だ。メーカーが4D Gravity®のようなライセンス化された技術を採用するためには、そのメリットがなければならない。IPG時代の経験もふまえ、ブランディングの重要性について次のように語る。

田路 「たとえばiPhoneだから高くても買うのと同じで、IPもブランドが大事です。『この技術を採用すれば高くても売れる、消費者やパートナーが評価する』となってはじめて技術が採用されるので。そのブランドはやっぱり僕らが作っていくべきものです。 IPGでは、パソコン市場におけるインテルのマーケティングモデルに着想を得て、Gガイドをブランド化しました。リモコンにボタンをひとつ足すなんて、どのメーカーもやりたがらないんです。 でもテレビを買うときに、番組表という機能があるかないかで選ばれるようになったら、どのメーカーも取り入れるしかないわけです。ブランドというのはそういうものです。最終的に消費者が支持しさえすれば、リモコンにボタンも足すし、Gガイドマークも付ける」

では、エアロネクストではどのような状態を見据えているのか。

田路「ドローンはこれから点検、測量、警備、農業など、多くの産業に入り込むと思います。そのときに、『ドローンには4D Gravity®が入ってないと買わない』となったら、メーカーは当社のライセンスを使うんです。 そのためには、産業バリューチェーンの中で下流に位置するメーカーに採用をはたらきかける戦略じゃないんです。もっと上流にある、世の中の空気のようなものに、4D Gravity®なるものが必要だという社会的コンセンサスをつくること。 もう少しヒントを出すならば、たとえば公共機関の入札で、納品物の要求仕様の中に、『ドローン機体には4D Gravity®機構を搭載すること』と書かれる状況にするとか。これが戦い方です」

チームづくりと専門人材のワークシェア

■田路圭輔(とうじ・けいすけ)エアロネクストCEO ー新卒で電通に入社。1999年、株式会社IPG(以下、IPG) 共同設立 代表取締役に就任。2017年、株式会社エアロネクスト 代表取締役CEOに就任。 ドローンスタートアップCEOインタビュー エアロネクストの鍵となる「IP経営」とは一体どんな戦略なのか?

自他ともに認める戦略家としての側面を持つ田路氏。ビジネススキーム構築だけでなく、人材マネジメントにおいても、人がワークする環境づくりに対する方法論を持っている。経営者の役割について聞くと「『いつ何をやるかを決める』『誰に何を任せるか決める』『全員が全力を尽くしたいと思う環境をつくる』、この3つしかない」と話す。

田路「『いつ何をやるかを決める』でいうと、1日の中でもっとも多いのはスケジュールを見ている時間です。未来に何が起こるかを、誰よりも精密に予測して手を打つために、一番大切にしている時間。たとえば40日後にこんなことがあるから、そのタイミングでこの人が必要だとか、その前にはこの段取りが必要だとか、そういう組み合わせを、スケジュールを見ながらずっと考えるんです。 そうした上で、日々のToDoを回していくためには、チーム全員の能力をよく理解して、それぞれが常にベストパフォーマンスで働けるように、何を任せるか、言い換えると配置と組み合わせが適切かを見ています。これが『誰に何を任せるか決める』ことです。 また、実際にメンバーには言わないけど、ちょっと先立って僕が動いておいたりもします。任せていることが必ず成果に結びつくために、一本電話をしておくとか、僕が何かをしておくだけで結果が違ったりします。 もちろん本人が自律的に考え、行動するすることが一番大事なので、あくまで成功確度をあげるような補助にとどめていますが。一方で、任せた仕事がうまくいくのと、うまくいかないのではその後の行動が変わってくるので、必ず成果がでるように仕事を設計するんです」

あらゆる面で計算された行動を信条とする田路氏だが、決してあざとい、気を許せない存在ではなく、影から見守り、支えてくれるボスと表現したほうが近いだろう。3つ目に挙げた「全員が全力を尽くしたいと思う環境をつくる」ことも、その姿の現れである。

田路「人は誰かの命令で動くのではなくて、自分の意思で動くものです。だからマネージャーがすべきなのは、メンバーが自発的に行動したくなるような環境と経験をつくることです。自発的にこれがやりたいって思うようになるためには、どうしたら良いかをずっと考えています。 たとえば会議の話をすると、これは社員にもよく言ってるんですが、終わった瞬間に『今すぐ資料をつくりたい』とか『あの人に会いに行きたい』とか、参加者がいてもたってもいられない状態になっているが一番良いんです。会議ひとつとってもそういった後味をものすごい大事にしていて、みんながワークする環境づくりを徹底していますね」

■田路圭輔(とうじ・けいすけ)エアロネクストCEO ー新卒で電通に入社。1999年、株式会社IPG(以下、IPG) 共同設立 代表取締役に就任。2017年、株式会社エアロネクスト 代表取締役CEOに就任。 ドローンスタートアップCEOインタビュー エアロネクストの鍵となる「IP経営」とは一体どんな戦略なのか?

そして、田路氏の経営にはもうひとつ秘密がある。それは、CIPOに代表される優秀な専門的能力を持った人材のマネジメント手法だ。「優秀な人材は突然採用できない」と話す田路氏は、IPを軸にしたビジネスをするために、特許業務法人を同時に経営し始めたという。

田路「変化の激しいスタートアップでは、将来必要になる専門家を採用しても100%使いこなすのはとてもむずかしいんです。一方で、たとえばIPのスペシャリストに対して、時間が余っているからと専門外のことをやらせるのは一番だめな経営者だと思っています。 そこでどうするかというと、普段は自分の目の届く違うところで働いてもらい、ワークシェアを僕の中でコントロールするんです。たとえば特許業務法人の社員として引っ張ってきた人材の中で、ビジネスセンスのある人間の20%の稼働をエアロネクストが借りて、ニーズが増えたら30%、40%としていき、いよいよ100%稼働が必要になったら移籍させる。 知財パーソンに限らず、エンジニアも法務も財務も、優秀な人間を違う場所でプールして、必要な会社に必要な分だけ、ロケーションしていく思想です。 社員と同じく、専門人材もモチベーションが大切なので、彼らがやりたくない仕事をやらせないことに徹底的にこだわっています。その分、自分の専門領域において『毎日成長している』という実感が持てる仕事だけにフォーカスしてもらう。だからこそ、必要な分のリソースだけを調達できる仕組みが重要なんです」

田路氏が描く「IP戦略に長けたプロ経営者の量産」

■田路圭輔(とうじ・けいすけ)エアロネクストCEO ー新卒で電通に入社。1999年、株式会社IPG(以下、IPG) 共同設立 代表取締役に就任。2017年、株式会社エアロネクスト 代表取締役CEOに就任。 ドローンスタートアップCEOインタビュー エアロネクストの鍵となる「IP経営」とは一体どんな戦略なのか?

ここまで田路氏の話を聞く中で、「僕のバリューはエアロネクストの社長ではなくて、プロ経営者」と話す真意が見えてきた。「IPを軸にした経営は、電通と関わりなく取り出せる、僕固有のノウハウ」だという同氏は、どのような未来を描いているのだろうか。

田路「最初にDRONE iPLABをつくりましたが、実は事業ドメインを限定していません。実際に、今はIoTやVRなど、ドローン以外のフィールドでも『iP LAB 』というサービスモデルをどんどん移植しています。 エアロネクストの競争力の源泉は知財戦略で、その要がCIPOです。日本のスタートアップではまだ少ないんですが、CIPOが置くのが当たり前になる未来がきたら面白いなと思っているんです。それがiPLAB をつくった狙いの一つでもあります。 スタートアップのCEOが、IPが大事だと思えばポジションができるはず。ポジションはメッセージですから。そのためには投資家の意識を変えることがまず必要になってくると思います。投資家が、IPを大事にしている会社・経営者を評価するというムーブメントができれば、必然的にCEOはIPに意識が向き、CIPOを置くはずです」

IP経営を理解した人材をどんどん生み出せば、どんな領域でも成功確度の高いビジネスができる」と語る田路氏。彼がテレビビジネスの次に目をつけたドローンをはじめ、iPLABを軸とした戦略的なビジネス展開や人材輩出が今後も期待される。

執筆:小野祐紀取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:小池大介

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