資金調達の場面では、「VC(ベンチャー・キャピタル)」という言葉を耳にする機会が多々ある。“資金調達”といった言葉と合わせて頻繁に目にするものの、VCに所属する人々が日頃どのように働いているのかについては、あまり知る機会がない。そこで編集部は、若手のVCメンバーにVCの仕事や醍醐味をさまざまお答えいただいた。今回、お答えいただいたのは、以下のお三方だ。
—— まずは、各社それぞれ、どのステージの企業に投資を行なっているのか教えてください。
山田 「インキュベイトファンドは、創業期の投資・育成に特化したベンチャーキャピタルです。創業前から事業プランを一緒に作りゼロイチでの企業立ち上げや、創業間もないシード期のスタートアップをメインに投資を行い、シリーズA以降も積極的に追加投資を行っています」
本田 「現在新規で投資できる運用額が800億円程であり、グローバルな視点で見ると、シリーズA・シリーズBでの投資がスイートスポットです。ただ、日本に関してはラウンドサイズが米中より小さいため、シードから入って追加投資し続けることが多いです。日本のアクティブなポートフォリオ9社の内、5社がシードから入っています。投資金額にすると、数千万円〜数億円でのスタートなので、規模は国内のVCよりやや大きめですね」
伊東 「ニッセイ・キャピタルは、全業種・全ステージを対象として投資を行なっています。投資金額はステージによってさまざまです。最近はステージの早い段階から数千万円の投資をすることで、リードインベスターとして追加投資にも積極的に応じていく投資スタイルをとっています。個人的には、シード・ミドル・レイターまでバランスのいいポートフォリオを意識していますね」
—— 普段は、どんな仕事をされていますか?
山田 「既存投資先の支援、新規投資先の開拓、イベントの運営の3つが主な仕事です。パートナーにそれぞれアソシエイトがついていて、パートナーの業務を補佐しつつ、自分で担当している投資先とはほぼ毎日密に連絡を取り合っています。業種による縛りも設けてはいないので、宇宙から海底まで幅広い分野の企業とお話させてもらっていますよ」
本田 「新規投資は担当制ではなくチームでグローバルの投資委員会にもっていくので、パートナー含めDD全般業務(*1)を全員で推進しています。テーマに投資をするケースが多いので、個人として特に力を入れているのは、仮説の立証及びリサーチ、またそのリサーチしている領域のスタートアップに会いに行くことですね。リサーチに際しては、経営者だけでなく業界のエキスパートからも情報を集めるので、知識がすごく溜まる仕事だと感じています」
伊東 「ニッセイ・キャピタルは、各キャピタリストが投資先の発掘、DD、投資委員会の資料作成、投資契約書作成までのフローを各々で回し、投資先をひとりで受け持つ形をとっています。そのため、普段は既存投資先の支援を中心に動いています。投資先の状況に応じて、週1回~月1回は投資先とMTGをしています」
*1:デューデリジェンス業務
—— さまざまな業界での投資を目にされているみなさんが、現在注目している業界はありますか?
山田 「大きく分けてふたつあります。ひとつ目が、アービトラージと呼ばれる“モノの価格差”について。漁業領域に挑戦するスタートアップに投資をしているのですが、同じ価値を持ったはずの魚でも、例えば築地と鳥取とで全然価格が違ったんです。誰も価格の違いや相場を把握できていないがために起こりうる問題でした。漁業のみならず、第一次産業全般には生じている問題なので深く関わっていきたいですね。ふたつ目は、 “D2C型(*2)”と呼ばれるモデルです。衣料品やコスメ、家具などの分野によくある、中間業者が挟まり過ぎたことによる原価構造の不透明感が気になっています。ほかにも、空飛ぶ車や海底探査機といった、技術を以って新産業を生み出すビジネスや、国の補助金と関連したビジネスにも興味があります」
本田 「常にいくつかの投資テーマをもって活動しているなかで、最近特に注目している領域は、バーティカルSNS(*3)や動画です。たとえば、10年近く使われているSNSは若い世代を中心に利用者が減っていますが、人の“誰かと繋がっていたい”という想いは継続してあるはずだと考えてます。ただそれは大きなプラットフォームではなく、特定領域に興味ある人が集まるバーティカルの場にシフトしているのではと思っています。領域が限定されるので、スケールやマネタイズのハードルは上がります。反面、深さがあるので横展開の可能性もあり、注力する価値があるのではないかと踏んでいます」
伊東 「業界で絞ることは意識しておりませんが、3つの軸でビジネスの可能性を見ています。ひとつがプロダクト評価、ふたつ目が市場性評価、最後が自社アセット評価です。ひとつ目は、解決課題が明確であるのかどうか、提供するサービス・プロダクトはユーザにとってMust haveかNice to haveなのかどうか、といった観点からビジネスの可能性を見ています。ふたつ目は、技術革新、規制緩和等による新たな市場の突発的出現があるかどうかといった市場の変化率を見ています。スマートフォンというハードウェアが出てきたことによるメディアのリプレース、据え置きゲームからスマホゲームといった点がわかりやすい過去事例です。最後は、経営者の原体験や自社でこれまで培ってきたアセット価値等をみております。これらを加味しながら、世の中に共感してもらえるビジネスなのかを評価しています」
*2:Direct to Consumerの略。自社で企画や製造した商品を、他の事業者を介さずに販売するビジネスモデルを指す。 *3:特定領域の分野に特化したSNS。
—— 起業家に対して投資を行なう上で、もっとも大切にしているのはどのようなポイントですか?
山田 「起業家の『想い・コミットメント・地頭・知見』の4つを大切にしています。起業家だけではなく、チーム全体に対しても同じように見ています。シード期は、うまくいかないことがたくさんあります。そんなときでも諦めずに最後の最後まで踏ん張れるかどうかは非常に大切なポイントです。また、地頭や知見などはディスカッションを行う上での必要な要素。会話のキャッチボールがしっかりできるのかどうかを意識しています。その上で、起業家のアイディアに対してビジネスモデルの仮説を掛け合わせることを大切にしています」
本田 「ホームラン級の成功を狙う起業家に投資するのがファンドの考えなので、推進している事業についてどれだけ深く考えているか、どれだけコミットメントがあるかなどを見ています。あとは正直、気合いと根性、そして健康状態ですね。経営者ひとりが、経営に対するすべての知識や経験を持ち合わせるのは難しいので、チーム全体のバランスを見ています。組織を大きくするためにも、起業家の採用力は問われますし、起業家の想いがコーポレートカルチャーにも反映されてくるので、健康であり愚直にやり続けられる人なのかどうか見極めています」
伊東 「世の中の非合理的な部分に対し疑問を持ち、変えたいと思えるかどうかはもっとも大切なポイントだと思っています。あとは、『人たらしかどうか』というポイントも最近は大切にしています。強いリーダーシップがあるわけではないけれども、人間味に溢れた起業家にはいろいろな人が集まってきます。誰しもがオールラウンダーではないので、いろいろな人を巻き込める力が重要です。そこで、人たらしかどうかには着目しています」
—— 投資先の並走者として、みなさんが大切にしているスタンスはありますか?
伊東 「投資するときには『この起業家となら失敗しても良いと思えるのかどうか』をすごく大切にしています。投資後は、意見交換をしながら一緒に考えていくスタンスですね。また、自分に自信を持てない起業家に対しては、並走しながら一緒に成長を促すようにしています。起業家のキャラクターに合わせて、臨機応変に動いています」
山田 「基本的なスタンスは、並走者として対等な存在であること。なにかネガティブなことがあったときにも、まず先に相談される人でありたいと思っています。意思決定者はもちろん起業家本人ですが、その意思決定に向かうまでのディスカッションは一緒に行いたいですね」
本田 「基本的にVCには起業家ができないこと、たとえば視座をあげるようなアドバイス、ファイナンスについての助言、事業開発面を支援するなどの役割があると思っています。わたし個人としては、これらをどうやって自分らしくできるか試行錯誤中なので、今はどんな球でも拾いにいく精神を持ち合わせながら、具体的にどうバリューを発揮するか考えて起業家と接しています」
—— VCであるからこそ思う、VCの醍醐味はなんですか?
山田 「月並みですが、投資先から『ありがとう』と言ってもらえる瞬間に尽きますね。VCは基本的に褒められることは無い業種ですし、スタートアップは苦しいことのほうが多いです。それでも、その中で些細な嬉しいことを一緒に共有できるのが一番の嬉しさだと思います」
本田 「起業家をすごく尊敬の眼差しで見ているので、そういった尊敬する起業家たちのために、ほんの少しでもプラスに働く仕事ができると実感できることですね」
伊東 「投資先の従業員が増えることと、投資先から起業家を紹介してもらえることです。従業員の増員は、社会への貢献度としてのわかりやすい指標です。また、起業家は基本的にVCを紹介したところでなにも得をしません。それでも紹介したいと思ってもらえるのは、仕事以上の信頼関係があるからだと思っています」
—— 最後にこれからスタートアップの起業や転職を検討している方に向けてメッセージをお願いします。
山田 「スタートアップは、なにも決まっていないからこそ自分の頑張り次第で会社の方向性を決めていけることが醍醐味です。自分のやりたいことにとことん向き合って、世の中を変えていきたいと考えている方はぜひ一歩足を踏み出してください」
本田 「自分がやりたいことだったり、一緒にやりたいと感じられる仲間に出会えてしまえば、きっと楽しめるはずです。あまり身構えることなく飛び込んできてください」
伊東 「自分が動いたことがプラスにもマイナスにも働くのがスタートアップのおもしろさであり苦しさです。一人ひとりの影響力が大きい働き方に興味がある方は、ぜひこの業界に来てみてください」
執筆:鈴木しの 編集:Brightlogg,inc 撮影:三浦 一喜