コラム

水産養殖の課題をテクノロジーで解決。「ウミガーデン」のウミトロン創業秘話

2018-09-18
STARTUPS JOURNAL編集部
Editor
STARTUPS JOURNAL編集部
大企業からスタートアップ、起業へ。リスクを取る選択がリスクヘッジになる

山田「目の前の課題を必死で解決しようとしたら、自然と転職や起業といった道を選んでいたんです」

日本でもいくつかのユニコーンが生まれ、スタートアップが10億円を超えるような資金調達でニュースを賑わせるようになった昨今。だが、まだまだ就職先として良しとされているのが大企業だ。スタートアップへの転職や起業は、一般的にはリスクが大きいと考えられ、一歩踏み出したくても二の足を踏んだり、まわりに止められる人は少なくないだろう。そんななか、力むことなく目の前のことに真摯に取り組み、手段としてスタートアップへの転職や起業の道を選んだ人がいる。水産養殖の課題をテクノロジーで解決する、ウミトロン株式会社(以下、ウミトロン)の共同創業者・山田雅彦氏だ。山田氏は、新たな環境に飛び込み続けるのはリスクではなく、むしろリスクヘッジだったという。なぜ、そうした考え方ができるのか。彼の軌跡を追った。

■山田雅彦(やまだ・まさひこ)  — ウミトロン株式会社 共同創業者/マネジング・ダイレクター 大学在学中に超小型衛星開発に従事。 三井物産にて海外電力事業を推進。気象変動を用いた電力先物取引、収益モデリングを構築。 その後、メタップスにてスマートフォンユーザーの決済及び行動履歴データ分析に従事。 2016年ウミトロンを創業。
山田雅彦(やまだ・まさひこ)— ウミトロン株式会社 共同創業者/マネジング・ダイレクター大学在学中に超小型衛星開発に従事。 三井物産にて海外電力事業を推進。気象変動を用いた電力先物取引、収益モデリングを構築。その後、メタップスにてスマートフォンユーザーの決済及び行動履歴データ分析に従事。2016年ウミトロンを創業。

小さい頃から「当たり前」に流されることがなかった

世間の常識にとらわれることなく、自分にとってのベストな道を採ってきた山田氏。その姿勢は、すでに子どもの頃から培われていた。

世間の常識にとらわれることなく、自分にとってのベストな道を採ってきた山田氏。その姿勢は、すでに子どもの頃から培われていた。

山田「幼少期からずっと一貫しているのが、『当たり前』に流されないということ。『これはそういうものだから』という理由で選択することがありませんでした。 これはたぶん、両親の影響があると思います。元々ふたりともデザイン会社に勤めていて、環境デザインやユニバーサルデザインなどを研究していました。幼い私にカメラをつけて、外を歩かせたりとか……。子どもの目線で世界はどう見えるのかを知りたかったんだと思います。人が見ている世界はそれぞれ違うんだということを、小さいながら実感していました」

大学は、ずっと興味のあった機械工学の道を選んだ。熱エネルギーの研究室で次世代原子力発電に関する研究と、衛星開発に取り組むプロジェクト室の2つに所属していた。選択のきっかけとなったのは東日本大震災だ。

山田「これからどんどんAIやロボットが主流となっていくなかで、動力源であるエネルギー、とりわけ2次エネルギーとしての電力ってすごく重要だと思ったんです。3.11以前は、主要なエネルギーの一つに原子力発電がありましたよね。でも、ご存知の通り甚大な被害が出た。その被害規模を技術的に検証したいと思ったんです。 もうひとつの研究テーマ、衛星に興味を持ったのもエネルギーからです。宇宙って化石燃料での資源供給がないじゃないですか、大学時代はそこが日本と似ているなと思ったんです。宇宙で自律的な衛星システムの研究ができれば、資源の少ない日本のエネルギー問題の解決の糸口が見出せると考えました」

「働く場所、遊ぶ場所がないなら自分でつくろう」その一心で過ごした大学時代

「働く場所、遊ぶ場所がないなら自分でつくろう」その一心で過ごした大学時代

大学では研究に勤しむかたわら、さまざまな活動を自分の手で立ち上げていった。

山田「九大って福岡にあるんですが、実はすごく田舎にあるんですよ。日本で2番目に広いキャンパスが造れる場所なので(笑)。当然まわりには何もなく、バイトできる場所も遊べる場所も学生目線では少なかったんです。 オレンジデイズな大学生活を夢見ていたら(笑)、待っていたのは畑や牛小屋でこれはやばいなと。多くの学生がキャンパスで缶詰になって動きづらい環境に対して危機感を持って、がむしゃらに色々やっていました。理系学生が子供に科学の原理・おもしろさを教える科学教室や、芸術工学部の学生と一緒に行った商店街の街灯のデザインし直し、留学生を主役にしたカフェづくり、文学部生を集めて地域の大自然を舞台にした恋愛小説を作る(笑)といった、ある種の学研都市開発みたいなことをおもしろいこと好きな仲間をたくさん誘ってやっていました」

本人は意識していないが、大学の時点ですでに、山田氏には起業の萌芽が見えていた。「当たり前」にとらわれない、ないなら自分でつくるという、一貫した姿勢だ。その姿勢は就活にも活きてくる。まわりが揃ってメーカーに就職するなか、山田氏は三井物産に就職した。

山田「宇宙やエネルギー開発にはお金がかかります。こういった技術分野に経営的観点も取り入れながら世の中に実装していくとなったときに、メーカーでは時間軸の観点から実現が難しいと当時は思ったんです。それで、技術に対してファイナンスのアプローチを取れる三井物産への就職を決めました」

大企業からベンチャーへ。共通するのは「目の前の課題を解決したい」という一貫した想い

三井物産に入社後は電力事業部に所属し、気象データを用いて電力問題などに取り組んでいた。

山田「オーストラリアの電力小売り事業に取り組む機会を頂けました。衛星などの気象データを活用して電力需要を予測し、将来の電力消費量をモデル化して先物取引を組み合わせて、どうマネタイズするかというのが新しい事業テーマでした。まさに学生時代に僕が考えていた技術とビジネスを組み合わせた事業に出会えたのです。 特に、自身でアセットを持たずに気象データと顧客アカウントを使って事業化しているところにすごく影響を受けて。エネルギーだけでなく、当時はAirbnbやUberといった、リアルインダストリーをデータ化、効率化していく動きが盛んで、既存市場をデータ・機械学習等のテクノロジーで変えていく領域はここから来るなと肌で感じました」

既存市場の問題を解決していくにあたっても、今後はテクノロジー側にいないとキャッチアップできないと痛感した山田氏は、大企業から一転、当時は未上場だったスタートアップ・メタップスに転職した。

山田「転職のときは、大学の研究機関やAI開発企業とかも見ていましたね。大事なのはいかにデータに関われるかってところで、三井物産という大企業からスタートアップに転職することは特に意識していませんでした」

メタップスでは、世界で最も売上の多いアプリのユーザー解析をするなど、まさにデータの醍醐味に触れられたという。

山田「大量のトラフィックから生まれるデータの価値を見ることができ、すごくいい経験をさせてもらいましたね。同時に、ビッグデータ分析の課題も感じました。今はビッグデータと呼ばれているもののほとんどは、実は価値がないと感じています。そもそも情報を整理せずにただ保存しているだけでは使えません。またGoogleやFacebookなど、大量のトラフィックを集めるサービスのデータは価値が高いですが、IT大手がそれぞれ別のサービスでデータを独占しているので、人の人生すべてのデータを一つのプラットフォームで得ることはできないですよね。個別の購買データや投稿データをもとに、それぞれのサービスに特化して断片的にその人の行動を予測することはできますが……。 だから人間をデータで科学することのある種の難しさを感じて。そんなときに出会ったのが“魚”でした」

「自分で何ができるのかを考えた結果が、起業だっただけ」

「自分で何ができるのかを考えた結果が、起業だっただけ」

山田氏は三井物産にて電力に関わった際に、電力はその国独自の法規制があること、送電網の範囲でしか物理的な売買ができないことから、テクノロジーを用いたとしてもグローバル展開していくハードルの高さを肌で感じていた。しかし、既存市場にテクノロジーを活用する観点から浮上した魚、水産業であればグローバルの展開も可能なのではという思いに至ったと話す。

山田「世界の水産養殖の8割をアジアが占めているんですよ。しかも生で魚を食られる食品管理や文化を持つのは、唯一日本だけ。食と信頼性・安全性は切っても切り離せないテーマで、水産分野であれば日本が世界でイニシアチブを獲れるなと思いました。当時はすごく楽観的でしたね(笑)。しかも人間と違って、魚は2年くらいで育つので、いつ何を食べたとか全部のデータを追えると。 そうはいっても、水産の知識も経験も全くなかったので、どこかの水産企業に雇ってもらえることはまずないし、そういった会社で技術を使って今のやり方を変えることの難しさは必ずあると思いました。それなら自分たちで起業した方が早いと思って、ウミトロンを立ち上げたんです。自分ができないことは得意な人に入ってもらえば、チーム一丸となってグローバルアジェンダの解決ができると考えました。ただやってみるとそんなに簡単ではなくて、むしろ魚を科学することは非常に難しいことばかり。ですが、知れば知るほどそのおもしろさに取り込まれています」

山田氏は、起業したかったというよりは、水産養殖に対するアプローチがたまたま起業だっただけだという。

山田「僕はいつも、何かを始めるときは課題発見型なんです。目の前の課題に対して、自分の手で何ができるのかをいつも考えています。今回の場合は、その手段が起業だったということですね」

水産業に衛星データや機械学習を活用していくにあたって、何をどうビジネス化するのか。ウミトロンではまず、現場を徹底的にまわり話を聞いた。

山田「魚を養殖している生産者が一番困っているのが、魚のエサ代でした。コストの実に7割を占めているんです。次に労働環境。魚の様子を常に見ていないといけないのに、慢性的な人不足で週休ゼロの人も少なくない。 それで、魚の様子をモニタリングし、自動でエサの供給量を制御するシステムがあればいいのではと、『ウミガーデン』の開発に着手しました」

「リアルインダストリー×テクノロジー」での起業であるがゆえに、ふつうのインターネットビジネスよりはるかに難しく、苦労も絶えなかったという。

山田「始めた当初は僕を入れて3人だけでした。しかもソフトウェアの開発だけではなく、ハードも絡んでくるのでとにかく開発がうまくいくのかかなりきつかったですね。でもなぜか、『自分たちがやっていることは世の中に必要なんだ』って確信を強く持っていて。現場に行って生産者の課題を聞き、どうにかして解決してあげたいって思っていたからこそ、なんとか初期のつらい時期を乗り越えられました。 またウミトロンは創業当初からシンガポールを本社としていますが、当初は名もない日本人として始めたので人に会うのも苦労しましたね。今では現地の農水省に『水産×テクノロジーといったらウミトロン』というお墨付きももらって色々な引き合いをして頂ける関係にまで至りました。そうは言ってもまだまだこれからなんですが」

起業するなら投資環境が後押しをする今がチャンス

起業するなら投資環境が後押しをする今がチャンス

大企業からスタートアップへの転職、そして起業という、一般的にはリスクが大きいとされていることに次々と挑戦してきた山田氏。そんな彼は、むしろチャンスがあるところに飛び込むことこそがリスクヘッジになるという。

山田「何をリスクとするか、定義の問題だと思います。これから来るトレンドや世の中の波に乗って、新たな分野で挑戦することはチャンスでもありますから。 世の中にあるチャンスに対して、インセンティブはなんでもいいですが、自分がおもしろいとか、儲かりそうとか、解決したい課題だといった、『やってみたい』と思えるものがあれば、そこに飛び込むことは、長い人生を見ればむしろリスクヘッジになるのではないでしょうか。時代の変化に応じて柔軟に挑戦し続けられる状態を保つことが大切だと思っています」

また、以前に比べて今は非常に起業しやすくなっているため、起業したい人は今がチャンスだとも話す。

山田「今はスタートアップへの投資も盛んで、起業のエコシステムが整っているなと感じています。

一方で起業家は増えていなくて、投資家はむしろ投資先を探しているくらいなんです。だから悩んでいるなら、ぜひ飛び込んでみるといいのではないでしょうか」今後のキャリアの選択で、迷ったときはどうすればいいのだろうか。

山田「僕は迷ったら、ロジカルに判断するというよりはむしろ、予測可能性が低い方を取りますね。自分にとっては、新たなチャレンジをすることが不安なのではなく、人生が予測可能になることの方が不安なんです。 これって僕が特別というよりは、実はみんなやっていることです。例えば海外旅行に行ったとき、すでに知っているチェーンのお店って避けたりしますよね。チェーン店での食べ物や体験は予測可能だから、せっかく旅行にきているなら自分が予測できない料理にチャレンジしてみようと。僕は、せっかく生きているんだからと、それをキャリアでもやっているだけなんです。 世の中でリスクとされていることをそのまま鵜呑みにするのではなく、自分にとっての本当のリスクは何なのか、自分自身で判断して、楽しみにながらチャレンジしてみてください」

執筆:菅原沙妃取材・編集:Brightlogg,inc.撮影:横尾涼

無料メールマガジンのご案内

無料のメルマガ会員にご登録頂くと、記事の更新情報を受け取れます。プレスリリースなどの公開情報からは決して見えない、スタートアップの深掘り情報を見逃さずにキャッチできます。さらに「どんな投資家から・いつ・どれくらいの金額を調達したのか」が分かるファイナンス情報も閲覧可能に。「ファイナンス情報+アナリストによる取材」でスタートアップへの理解を圧倒的に深めます。