「スマート農業」という言葉を、少しずつ耳にするようになった。農業人口の減少や高齢化が課題とされる日本のなかで、農業に携わる人々の能力をテクノロジーの力で可視化する動きを指してそう呼ぶ。これまで肌感覚で覚えていた農業の技術を数値化し可視化できれば、農業に携わったことのない人にも技術の継承ができる。もしくは、ロボット技術が発達することで、省力化にもつながる。農作物の質も、一定に保てる。平たくいうと、これまでのよりも少ない力で、経験に頼らず熟練の農業従事者と同等の質の農作物が作れるようになる、そんな世界を実現できる。今回、本メディアで取材を行なった、株式会社ルートレック・ネットワークス(以下、ルートレック・ネットワークス)でも、農業のAI活用による省力化を掲げてある製品を提供している。それが、AIを搭載した土壌環境制御システム「ZeRo.agri(ゼロアグリ)」だ。農作物の成長に関わる「水」と「土壌」の環境をAIで判断し、自動的に潅(かん)水と施肥を行う。人の感覚で伝承してきた知識を見える化することで、イノベーションを起こそうとしている。いったい、今どうして日本で農業に注目するのか。そして、スマート農業が描く未来とはどのような世界だろうか。ルートレック・ネットワークスの代表・佐々木伸一氏に話を聞いた。
大学時代、照明工学ゼミに属していた佐々木氏。同世代が進路として設計事務所を選択するなかで、佐々木氏が選んだのはITの世界だった。
佐々木 「設計よりも、単純にITが好きだったんです。これから伸びる技術だからと感じていて、新卒では開発会社でソフトウェアエンジニアとして働いていました。開発会社で3年間働いた後、半導体好きが高じて日本モトローラ、ウエスタンデジタルジャパンを渡り歩きます」
IT技術への強い憧れを抱く場合、多くは「シリコンバレーへ行きたい」と願う。佐々木氏も、そのひとりだった。
佐々木 「モトローラとウエスタンデジタルは、それぞれテキサスとLAに事務所を構えているんです。どちらも、シリコンバレーからは遠かった。そんなときに知人から『ジョインしないか』と誘われた企業があります。それが、インキュベーション事業を行うアイシスでした」
シリコンバレーのクパティーノに事務所を構えるアイシス。Appleも徒歩圏内だ。当時は1990年。ちょうど、日本にはドットコムバブル(ITバブル)が到来した頃だ。
佐々木 「アイシスには10年間いたのですが、当時はIT業界が空前の盛り上がりを見せていて。どこに投資しても当たる。そんな時代でした。自分の力を過信した時代でもありましたよ」
半導体・パソコン・タッチパッド・GPSなど、今後成長する技術を見つけては、日本に持ち帰る生活だった。投資先のなかには、1,200億円で売却が決定した企業もあった。
佐々木 「アメリカと日本との文化の差を埋めることと、技術を使ってどうするのかと提案型の営業を行うこと。それが、僕のインキュベーターとしての役割でした」
一度は代表取締役まで務めたアイシスを退任して、佐々木氏は投資の領域から実業に戻る。きっかけは、インキュベーターを経験したからこそ感じるある想いにあった。
佐々木 「あまりに多くの企業を支援して、しかもそれらが軌道に乗る様を見ていたんです。成功モデルもわかってくるし、自分でも会社を経営してみたくなっていました」
そんなタイミングで佐々木氏に転機が訪れる。アイシスの子会社だったVC・IT-Farmの投資先、ルートレック・ネットワークスの代表の退任だった。周囲の声と自身の希望が合致し、二つ返事で代表を務めることになった。
佐々木 「現在のルートレック・ネットワークスと、当時のルートレック・ネットワークスとでは、事業内容がまるで異なります。僕が代表になった当時のルートレック・ネットワークスが行なっていたのは、ルーターを無人でのリモート監視できる技術の開発と販売でした」
代表就任直後、ドットコムバブルは弾け、多くのIT企業が経営難に陥る。佐々木氏率いるルートレック・ネットワークスも、決して例外ではなかった。
佐々木 「事業の成長速度が一気に遅くなりました。それに、VCの上場期限も近づいていたので、どうしようかと頭を抱えたんです。そこで選んだのが、MBOでした」
同じ技術を用いて、別の業界の負を解決できないかと考えた。さまざまな事業のなかで、ITの力で解決できる課題のあるブルーオーシャンな分野が農業だったのだ。
佐々木 「農家を顧客とした事業は、toBでもなければtoCでもない、新しいビジネスのかたちなんです。それに、数百万円の機器を購入して5−10年くらい使うのが主流。ビジネスロットが小さいから、大企業も参入しないだろうと思ったんです」
知見のない農業に関する知恵は、川崎市の紹介で出会った明治大学が運営する黒川農場との連携によって補填することにした。行政のサポートを得て、ルートレック・ネットワークスの新しいビジネスがはじまった。
ルートレック・ネットワークス設立後、佐々木氏が感じるハードシングスは二度訪れている。一度目は、2008年9月15日、リーマンショック。二度目が、2011年3月11日、東日本大震災だ。
佐々木 「とにかく売上がガタ落ちするので、資金調達に苦労しました。だけど、このときに感じたんです。投資するのは人間。丁寧に事業計画書をつくって、信念を持って伝え続ければ、きっと報われるのだろうと。実際に、多くの人に支えてもらって資金調達に成功しましたから」
「流水刻石」ーー渡した情けは水に流し、受けた恩は絶対に忘れない。佐々木氏は、日々生きるなかで常にこの言葉を胸に留めている。ひたむきでまっすぐな想いを持っているからこそ、その想いは誰かに届き、つながり、伝播する。
佐々木 「僕は、成功するためにはふたつの力が必要だと考えています。ひとつが、自分たちで事業を盛り上げていく『押す力』。もうひとつは、周りでサポートしてくれる『引く力』。行政やすでに前線から退いた方々からの手ほどきがあってこそ、ビジネスは良い方向へと歩みを進めます。そして、成功している人の多くは、渡した情けを水に流す人ばかり。僕は、そんな人たちによってこれまで救われてきました」
また、ビジネスを成功へと導く経営者の条件として、佐々木氏は「常に次の打ち手を考えていること」をあげる。
佐々木 「インキュベーターだった頃、投資先の外資系企業の代表と、日本の大手キャリアとタッグを組むために1年かけて入念に準備を進めていたことがあります。無事、提携は成功したのですが、提携が決定した次の日の夜、まだ余韻に浸っていてもおかしくないタイミングで彼が僕に言ったんです。『次に、どんな手を打てばいいのか教えてくれ』と」
常に先を見据えて、手を止めることをやめない姿に心を動かされたという。心が折れるよりも前に、継続を意識することで成功にほんの少しずつ近づいていくのかもしれない。
テクノロジーの力で、農業はもっと変化を見せていく。私たちが過ごす日々のふとした瞬間にも、技術力はますます進歩を遂げていく。
佐々木 「日本の農村の課題は今、今後世界で起こりうる課題を凝縮したものだと考えています。急激な経済成長を遂げている中国も、近年は高齢化がはじまりました。いずれ、日本と同様の課題を抱える日がくるでしょう。そんなとき、僕たちが現在日本の農村で起こっている課題を先行して解決できれば、同じ問題を今後抱えるアジアの国々への価値提供にもつながります」
品質・歩留まり・省力化・利益率向上など、現在の農業に求められた課題はたくさんだ。しかし、勤勉な日本人の性格は、丁寧に確実に、改善を重ねて次世代へ技術を残していくはずだ。佐々木氏は、そう考えている。
佐々木 「パナソニック、ソニー、東芝、日立、三菱重工など、日本には誇れる電気・機械企業があります。電気・機会産業は世界のどこにも負けない、魅力的な産業です。ここまで品質にこだわり抜いてきた日本なら、農業だってきっともっとテクノロジーで進化する。そう感じています」
“Japan as No.1”そう呼ばれたあの日のように。日本は、日本ならではの技術力で、世界を相手に強く強く立ち向かっていくのだろう。
佐々木 「もしも農業が発展すれば、日本のおいしくて安全な作物がアジアにも渡るようになる。アジア諸国で広まれば、オリジナルを求めて、人は日本を訪れる。そうすれば、農業の発展は観光業の発展につながる未来だって描けるのです」
農業の進化は、暗に農業の未来だけでなく、観光業の未来をも明るくする。
社会人歴38年。サラリーマンも、インキュベーターも、起業も、あらゆる角度から社会を経験した。そんな佐々木氏が今考える、未来の起業家に向けて送るメッセージはいったいどのようなものだろうか。
佐々木 「きっと起業したり、スタートアップに飛び込むときなどは、覚悟を持って行動するはずです。それなら、自分の覚悟がどこからきたものなのか、残しておくといいですよ。人間は、迷ったり戸惑ったりしたときに帰る場所が必要なんです。それは、実際の場所でも、影響を受けた本や言葉でも構いません。とにかく、未来の自分が戻れるための場所をぜひつくってあげてください」
そして、流水刻石の言葉をしっかりと胸に留めておくこと。佐々木氏は、取材中幾度もこの言葉を繰り返した。「ギブアンドテイク」という言葉が知られるように、渡したものの対価を得ようと考える人は多い。だが、時には「ギブアンドギブ」の精神で人と接することも大切なのかもしれない。いざ起業しても、報われないこともある。どうしようもなく辛い瞬間もある。それでも人として愛を忘れずにいられるかどうか。本当に苦しい瞬間、自分を救うのは、そんな過去の自分の行動の積み重ねなのかもしれない。
執筆:鈴木しの取材・編集:BrightLogg,inc.撮影:三浦一喜