ネット系スタートアップへの投資額が年々増えている一方で、まだまだ投資が足りないと言われる技術系スタートアップ。創薬や新素材、ロボットなど、大学での研究成果を社会実装するためのスタートアップだ。そんな技術系スタートアップに特化したVCとして、注目を浴びているのがBeyond Next Ventures(以下、BNV)。2014年に設立された独立系VCでありながら、既に2号ファンドを立ち上げ、インドのインキュベーターとも提携するなど、今波に乗っているVCだ。今回はBNVの代表である伊藤毅氏に、技術系スタートアップの可能性や、BNVならではスタートアップ支援について話を伺った。
前職である、日本最大級のVCのジャフコを退職し、ゼロからBNVを立ち上げた伊藤氏。技術系スタートアップを支援するのであれば、大学VCとして立ち上げる道もあったはず。独立系VCとしてファンドを設立した経緯にはどのようなこだわりがあったのだろうか。
伊藤「実は、最初から独立系のVCとしてファンドを始める目処があって、ジャフコを退職したわけではないのです。ジャフコ時代にさまざまな起業家を支援していく中で、自分も事業をゼロから立ち上げる経験をしてみたいと思うようになりました。ゼロから事業を立ち上げる経験をすれば、起業家と同じ目線で支援できると思ったので。 独立してすぐは、日々のお金を稼ぐためにスタートアップのアドバイザーとして活動するつもりでした。同時に『いつかはファンドを作れたらいいな』という気持ちもあったので、独立したジャフコの先輩方に会いに行っていましたね。そのたびに自分のビジョンややりたいことを話し続けていたら、そのうち応援してくださる方が現れ始めたのです。 そのような方々に背中を押されたこともあり、徐々に『ファンドを立ち上げられるかも』と思えるようになりました。ファンドを設立すると決断したのは、独立して1ヶ月後のことでしたね。 独立系にこだわったのは、スタートアップの起業家と同じようにいち起業家として、裸一貫で事業を立ち上げたいと思ったからです。また独立系のVCの方が柔軟で意思決定スピードも早く、資金や支援を必要としている起業家にとって望ましいと思い、独立系にこだわりました」
VCを始めると決断した伊藤氏は、ファンドを設立するために資金集めに奔走する。その様子は、スタートアップが資金調達をするためにVCや銀行を回るプロセスと同じだったと話す。
伊藤「資金を集めるために、始めは個人投資家の方から回りました。ファンドに出資してくれる方が集まってくると、それが信用になって大きな組織などもお金を出してくれるようになりましたね。起業家の資金調達あるあるで、出してくれそうな投資家がお金を出してくれないで、藁にもすがる思いでお願いに行った投資家が、意外にも出してくれるという経験もしました。 資金集めを経験して思ったことは『社会にとって正しい事をしていれば、必ず誰かは応援してくれる』『諦めなければなんとかなる』ということです。このときの体験があるおかげで、投資先のスタートアップが資金調達をするときも、経験を活かしたアドバイスができます。自分で会社を経営することで、サラリーマンとして支援していたときよりも、実体験に沿ったアドバイスができるようになりましたね」
ジャフコ時代から技術系スタートアップへの支援をしてきた伊藤氏。独立したことによって変わったことはどのようなことなのだろうか。
伊藤「サラリーマンのときとは真剣度合いが全然違いますね。もちろんジャフコにいるときも、本気で支援していたつもりでしたが、今は失敗したら今の事業を継続できなくなりますから。そのような恐怖はサラリーマンのときはなかったので、今よりも気楽だったなと思います。今はキャピタリストであるのと同時に、経営者でもあるので、より起業家に近い立場で支援できていますね」
伊藤氏がBNVを立ち上げたのは2014年。技術系スタートアップへの支援を続けてきた伊藤氏から見て、エコシステムは大きく変化しているという。
伊藤「ここ数年で、技術系スタートアップに集まる資金は大きく増えていますね。資金での援助に関しては、エコシステムがとても改善されてきたと思います。全国的に大学のVCが増えたことも大きな要因です。ファンドを立ち上げるときは独立系にこだわった私ですが、今年から名古屋大学と早稲田大学の公式なファンドも立ち上げました。 しかし、技術系のスタートアップということを考えると、もっと多くの資金が投資されなければいけません。海外のバイオベンチャーが、何百億と調達しているのに比べたら全然足りませんから。 技術系スタートアップは基礎研究が命です。そして、これまでは基礎研究は税金で行われてきた歴史があります。今後はその税金の多くが医療費に充てられていくので、それを補填してさらに投資できる民間資金のエコシステムが必要なのです。これから基礎研究が盛んに行われるためには、民間企業などのお金が基礎研究に使われる動きを作らなければいけません。私たちも今年から、事業化などの短期的な見返りを一切求めない基礎研究支援を始めましたが、その仕組を作るのは私たちVCの仕事だと思いますね」
アカデミアの技術が実用化され、技術系スタートアップが成功することは、エコシステムにも大きな意味があると話す伊藤氏。
伊藤「技術系スタートアップによって、アカデミアの技術が実用化されれば、知財の対価が大学に支払われます。大学に入ってきたお金は、また基礎研究に使われるので、大学の中でお金の循環が生まれるのです。技術系スタートアップが一社成功すれば、それがフラッグシップになって周りのスタートアップも勢いづいていくはずです。 すでに国内でもペプチドリームやユーグレナ、サイバーダインといった成功事例が生まれています。これからもっと多くの事例ができれば、国内の技術系スタートアップにいい循環が生まれると思いますね」
もっと多くの成功事例が必要だと話す伊藤氏だが、今の技術系スタートアップに足りないものは何なのだろうか。
伊藤「技術系スタートアップには、圧倒的にビジネス人材が不足しています。現状では、多くの技術系スタートアップで研究者が事業に携わっているのです。中にはビジネス感覚のある研究者もいますが、ほとんどの研究者がビジネスに関しては最初は素人同然です。ビジネスのことが分からないために、無駄な遠回りをしているスタートアップも多く見て来てきました。スタートアップを成功に導いてくれる、ビジネス人材が必要ですね。 欲を言えば、理系出身で技術の知見があるビジネス人材であれば、なお良いです。現在メーカーにいるような方がスタートアップに流入してくれば、技術系スタートアップはさらに盛り上がると思いますね。例えば創薬業界では、良くも悪くも統廃合が盛んに行われています。そのように、大きなメーカーの人材が流動化してきているので、その受け皿にスタートアップがなれればいいと思います。 もしくはネット系のスタートアップの人材が、技術系のスタートアップに挑戦するのも大歓迎です。これまではネット系のスタートアップと、技術系のスタートアップには隔たりがあったように感じましたが、今後は接点が増えていくと思います。 たとえば私が投資している『キュア・アップ』というスタートアップでは、『治療アプリ』を開発しています。『医療機器』『医薬』に次いで、『第3の治療法』の可能性があるのが治療アプリです。技術系スタートアップではありますが、ネット系ビジネスのノウハウが必須になっています。このように、技術系スタートアップとネット系スタートアップの領域が融合してきているので、今後ネット系の人材の需要が高まっていくと思います」
技術系のスタートアップにビジネス人材が増えることは、業界の20年後、30年後を救うことになると伊藤氏は話す。
伊藤「今技術系スタートアップに関わるアカデミアの研究者たちは、20年後、30年後に使われる技術を生み出していく人たちでもあります。そのような研究者が、ビジネスまでしなければいけないようでは、将来的に日本の研究のネタが枯れることにもなります。 研究者がアカデミアの研究に集中できるためにも、ビジネス人材が必要なのです」
2019年、BNVはインドのインキュベーターとの業務提携を果たし、インドでの投資も本格的に行っていく体制を整えた。海外の技術系スタートアップの動向にも詳しい伊藤氏に、グローバルと比較した日本についても語ってもらった。
伊藤「海外と比較するのに良い例として、創薬業界のお話があります。数年前の統計データになりますが、日本で開発された創薬系の特許の数というのは、世界でも2位や3位なのです。実は日本は、技術研究のレベルで見れば、世界と比べても決して引けをとりません。しかし、実際に去年承認された薬のほとんどは海外のもので、日本発の技術由来のものはゼロでした。 つまり、日本は素晴らしい研究をしていても、それを社会実装する力が弱いのです。社会実装をするだけのお金やノウハウ、人材が欠けています。現在も研究は多くされていますが、それらを世に出していく担い手が圧倒的に不足しているのです。 しかし、逆に言えばその担い手さえいれば、海外のスタートアップと日本が戦っていけることを表しています。本来、農耕民族である日本人は、長期に渡る技術研究が向いているのです。研究開発には、成果が出るまで多くの時間を要します。狩猟民族である欧米の短期的な思考よりも、日本のように時間をかけて研究できる国民性の方が向いていると思います」
技術研究が日本人の強みだと伊藤氏は語るが、世界に誇る産業にすることはできるのだろうか。
伊藤「これから人口が減っていく日本が、世界的に存在感を出すには、何かの領域で世界一にならなければなりません。かつては製造業に強かった日本ですが、すでに製造業は中国に越されつつあります。次に日本が世界で一番になる領域になるチャンスを作るのが、今の技術系スタートアップだと思いますね。技術系スタートアップは目に見える商品を作っているからこそ、国境を超えてグローバルでも戦っていけると思っています。 ただし、何もしなければ、この領域でも他国にそのチャンスを奪われてしまいます。基礎研究にお金が回らなければ、研究者たちは設備もお金もある他国に流動してしまうからです。実際に新興国では、研究者を誘致して優秀な研究者を海外から獲得しています。 これまでのように税金に頼っていては、研究にも限りがあります。民間企業のお金が研究に使われる流れを早急に作らなければなりません。そのきっかけになるのが、技術系スタートアップの成功です」
日本の研究者が海外に流出することを危惧する伊藤氏だが、逆に海外の研究者が日本に流入することはないのだろうか。
伊藤「日本の大学でも、海外の研究者を積極的に誘致している大学はありますよ。どの研究領域を伸ばしていゆくかは大学のポリシーによって変わります。それぞれの大学が特徴を打ち出して世界から研究者の誘致を行っていくことで、業界全体が活発になっていくと思いますね。 これから日本は学生の数が減っていくので、大学も特徴を出していかなければ学生も獲得できません。特徴を出していくために、専門領域に特化して大学も増えていくと思います。社会実装に特化した大学ができても面白いですね。 特徴を出していかなければならないのは、大学だけでなくVCも同じですね。ファンドサイズに関わらず、尖った部分を作っていかなければスタートアップに選んでもらえませんから。BNVもこれから尖ったサービスで、技術系スタートアップに頼りにされるVCにしていきます」
最後に、スタートアップに興味のある読者へのメッセージをもらった。
伊藤「大企業にいる方は、もっと外の世界を見てもいいんじゃないかと思います。『外の世界をみる』とは社内に閉じこもっていないで、キャリアに対して異なる価値観を持っている方と会うこと。その結果、みんながスタートアップに行く必要はないと思います。しかし、潜在的にアントレプレナーシップを持っている方がチャレンジしないのは、社会的な損失です。 アントレプレナーシップを持っている方というのは、好奇心の強い方やパッションのある方です。私たちはそんな方がチャレンジする機会を作っていくので、もし自分がアントレプレナーシップを持っていると感じている方は、一緒にチャレンジしていけると嬉しいですね」
基礎研究が実際に社会で使われるまでの時間というのは、20年、30年というスパンらしい。今行われている研究は、私達の20年、30年先の生活を作ってくれる研究だと思ってもいいだろう。それは、「未来を創る」というスタートアップの醍醐味を実によく表現しているだろう。BNVはまさに私たちの30年後の生活を創るVCだ。
執筆:鈴木光平編集:Brightlogg,inc.撮影:小池大介