スタートアップインサイト

「金銭リターンが全て」では生き残れない。全てのVCが転換点を迎えている今、「組織創りを助けられる投資家」に私はなりたい

2023-12-22
三村泰弘(エッグフォワード 執行役員)
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三村泰弘(エッグフォワード 執行役員)

スタートアップに投資し、支援を通じて成長を促進する。上場や売却などの「イグジット」を経て、金銭リターンを得る。

スタートアップ投資の専門家集団であるVC(ベンチャーキャピタル)はこのようなサイクルで収益を上げていきます。三村泰弘さんもVCで投資家(キャピタリスト)として活動してきた一人。20年以上のキャリアで、国内外で300以上の投資案件に関わってきました。

「リターンを得る」という投資家の使命を果たしながらも、三村さんは次第に幾つかの疑問を抱くようになります。お金の出し手が偉いという風潮、リターンが全てという常識…。「自分は本当にスタートアップの力になれているのか」という葛藤の末、新しいVCの立ち上げに参画することに。

三村さんの考えるVCの課題は。そしてスタートアップによって「選ばれる時代」になった時代に、投資家があるべき姿とは。寄稿を通じて、一石を投じてくれました。

※2023年に立ち上げられたVC「GOLDEN EGG」による寄稿の後編です。前編ではエッグフォワード徳谷智史・代表取締役社長が、スタートアップの修羅場と必要なVCの支援について綴っています。

三村 泰弘(エッグフォワード執行役員 スタートアップ投資統括 兼 Start Up ECOSYSTEM事業責任者)英レスター大学大学院卒業 (MBA)。国内VCのJAFCOで米国テクノロジー企業への投資及び事業開発を担当。その後米国Delphixの日本法人を設立し日本事業責任者を務め、投資先に対してハンズ・オンでの戦略策定、国内外の事業開発の支援を行った。
その後デジタルガレージ執行役員及びDGベンチャーズの取締役として、日米アジアにおけるVC投資業務を統括。これまで国内外で250社以上のスタートアップ投資に関与してきた。2022年にエッグフォワードに参画。国内外のVC投資活動を含めたStart Up ECOSYSTEM事業全体を統括し、これまでなかった唯一無二のVCの実現を目指す。

「お金の出し手が偉い」時代は終わり。VCも選ばれる時代になった

一昔前まで、スタートアップ関係者の間では「お金の出し手であるVCが偉い」という風潮が確かにありました。私も投資家として数々のスタートアップの経営メンバーと対峙してきましたが、「多くのVCは取締役会に来て電卓をはじくだけ」と揶揄されたこともあります。それでも、VCが貴重なお金の出し手であることも事実。スタートアップからすれば、無下にできない存在でした。

キャピタリストとして20年以上を過ごした経験から、「電卓をはじくだけ」にならざるを得ない事情も理解できます。VCはキャピタルゲイン(投資を通じて得る金銭的リターン)を出してこそ評価されます。投資を成功させれば、また次の投資に資金を注ぐことができます。経営陣との対話よりも数字をはじき出すことを優先するキャピタリストが存在するのは、そのためでしょう。

しかし今や、そうした姿勢のVCは生き残れなくなっています。

ここ10年でVCの数は一気に増えました。キャッシュを潤沢に持つ事業会社は、イノベーションの芽を求めて次々とCVC(用語解説)を立ち上げています。VCがスタートアップを選ぶのではなく、スタートアップがVCを選ぶ時代になったと言えます。

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VCに付加価値を望むのは「血肉を分ける」から

国内外で300社以上の投資に関わってきて感じるのは、スタートアップにとって投資を受ける(=株式を売る)ことはいわば血肉を分けるのと同義だということです。どのスタートアップも必死になって事業を立ち上げています。VCに対し、お金だけでなく付加価値の提供を望むのはこのためです。

付加価値として今後最も求められるのは「組織」の課題解決です。持続的に成長し続けるスタートアップは必ず、本気で組織創りに取り組んでいます。一朝一夕に解決する課題ではないため、支援する側も経営者陣と対話を重ね、腰を据えて取り組むことが求められます。

しかしVCがスタートアップの組織作りを支援するのは、構造上とても難しいことでした。

キャピタリストの本業は投資先の成長性を見極めること。組織作りは専門領域ではありません。また、投資先を調査し、選定し、投資を実行するには多大な労力がかかります。そのためキャピタリスト個人が支援できる範囲は、自分の人脈を使って採用を支援するレベルに留まります。

つまり、VCがどれだけ投資先に期待していたとしても、組織作りを支援するスキルやリソースをほとんど持てずにいたのです。

では専門家に頼めばよいかというと、そう簡単な話でもありません。組織コンサルを依頼するには多額のお金がかかります。一般的に、コンサルタント一人につき月200万円以上のフィーが必要だと言われます。資金に余裕のないスタートアップが気軽に投下できる金額ではありません。

こうした構造から、スタートアップは資金を得られても、肝心の組織作りで適切な支援を受けられないという現状が続いていたのです。

「キャピタルゲインがすべて」の世界でやってきた

こうした状況に、私はキャピタリストとして閉塞感をおぼえるようになっていきました。

有力なスタートアップは苦しい状況下でもなんとかして試練を乗り越え上場します。実績を得たVCは、また新たな投資先に資金を投じます。

キャピタリストとして、キャピタルゲインを得るという役割こそまっとうしていましたが、同時に自問自答することも多くなっていきました。私は果たして世の中にインパクトを残せているのか。本当はもっと、スタートアップの力になれるのではないか…。

そんなとき、ある有力なスタートアップにエッグフォワードという会社が出資することを知りました。長年キャピタリストをやってきましたが初めて聞く名前でした。しかもVCではなく、祖業が経営・組織コンサルの会社だといいます。

なぜコンサルがスタートアップに出資する必要があるのかーー。

私の疑問は、エッグフォワード代表の徳谷に会ったときに氷解しました。徳谷は徳谷で、組織コンサルだけでは越えられない壁にぶつかっていました。コンサルタントとして企業を支援すれば、組織の力は強くなります。しかし世の中を塗り替えるほどの大きいインパクトを出すことはできていませんでした。

自身が「起業家」でもある徳谷は、「投資家」として責任を持ちながら「コンサルタント」としてスタートアップの組織課題を解決するという構想を持っていました。これは組織コンサルのリソースとスキルを10年以上培ってきたエッグフォワードだから考えられる方法でもありました。

GOLDEN EGGの説明資料

高価なコンサルティングフィーの問題も、投資による将来的なリターンを織り込むことで解決できます。徳谷の思いと構想を聞いたとき、これまでのVCが到達できていなかった唯一無二の領域を目指せると確信しました。

「パートナー」と呼ばれるVCを立ち上げて

エッグフォワードは2023年に初号ファンド「GOLDEN EGG」を立ち上げ、10社以上の有力なスタートアップに投資しています。

AIを活用して採用効率を上げるアプリ「HelloBoss(ハローボス)」を提供するNGAはデカコーン(時価総額100億ドル以上の未上場企業)候補と目されています。NGAにはグローバルVCからも声がかかっていましたが、あえてGOLDEN EGGからの調達を選んでくれました。

習慣化プラットフォームを提供するWizWeや、グローバル日本酒スタートアップのWAKAZEなど、成長目覚ましい企業への投資も進んでいます。調達ラウンドが終わっていたのに、GOLDEN EGGからの投資を受けるために、既存株主を説得してエクステンションラウンド(追加の調達機会)を作るケースもありました。

投資先が我々を「パートナー」と呼んでくれたこともあります。これには驚きました。VCとして数多くの投資先と関わってきましたが、これほど近しい関係になれたことはないからです。

今回のファンドには、LP投資家(ファンドに対する出資者)として東急不動産りそな銀行サントリーなどの事業会社や機関投資家が参画しています。資金を出すだけでなく、スタートアップの組織作りに徹底的にハンズオンする点がユニークだと評価されました。初号ファンドに日本を代表する企業が多数参画することは珍しく、身の引き締まる思いです。

私たちは渋谷区と包括連携協定を結んでいます。渋谷区はスタートアップ育成に熱心で、インキュベーションスペースも保有しています。オフラインイベントではスタートアップや事業会社が偶発的に出会い、ビジネスの芽が生まれます。横のつながりを作っていくのもこれからのVCの大きな役割です。

古い習慣を塗り替え、前向きな社会構造を作れるのは間違いなくスタートアップです。VCが選ばれる時代にどのような価値を提供できるか。GOLDEN EGGを含めたすベてのVCが転換点を迎えています。

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